第222号 まあるい心

令和8年2月23日発行

「魔法の薬・陀羅尼助」

皆様は「陀羅尼助・ダラニスケ」というお薬をご存知ですか?「ダラニ」とはインドの昔の言葉「梵語」で、仏様にお唱えする祈りの言葉、つまり真言のことをいいます。お経は仏様の教えを説いたものですが、真言とは精神統一して御仏を祈るための呪文です。「南無大師遍照金剛」や「南無阿弥陀仏」なども真言の一つです。陀羅尼助は薬草を煎じて作られたお薬なのですが、この際に、薬がよく効く様にと「陀羅尼」を唱えながら作られたことからこの名前が付いたと言われています。

また、お坊さんの勧めで、陀羅尼を読むのですが、あまりにも長いものだと、眠気に襲われるからと、苦い陀羅尼助を口に含んで、眠気をさました、などの説もあります。

「良薬口に苦し」などの言葉がありますが、陀羅尼助はお大師様が唐より持ち帰られた製法で作られた漢方の万能薬であります。私は今でもお腹の調子が良くない時にはこれに頼っています。お大師様が伝えられたことは、お経だけでなく、こうしたお薬や筆、土木建築工法などが今も尚使われています。

3月21日はお大師様が御入定された「正御影供・ショウミエク」です。どうぞ光明寺にお参りいただき、お大師様に感謝のお手を合わせてみませんか。

※土砂加持法会のご案内

4月4日は光明寺の春の法会「土砂加持法会」が行われます。1年に一度のご先祖を供養するお勤めであり、新精霊のお家の方は特に位牌をお作りして供養することをお勧めしておりますので、ご検討ください。

令和8年4月4日(土曜日)

午後1時より ご法話 「本山布教師 田中宣照 僧正」

午後2時より 土砂加持法会

3月の予定

3月 8日(日) 奥の院護摩祈願   午前10時〜

   14日(土) 御詠歌の稽古   午後1時〜

   21日(土) 本堂護摩祈願   午前10時〜

   17日(火) 写経の日     午前10時〜15時

   28日(土) 副住職のお勤め  午後6時〜

   29日(日) 土砂加持前清掃  午後1時〜

          (西有年地区担当)

4月 4日(土) 土砂加持法会    午後1時〜

節分が始まりました

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

いよいよ2月3日より光明寺の節分が始まりまして、当日のお勤めでは30人ほどの方がお参りに来られました

これより光明寺では1週間の間、毎朝護摩の祈願を行いまして、お札を作ります

2月9日は最終日の朝です

ご参詣の方には、風呂敷加持を行いまして、その後お札を順次発送いたします

申し込んでいただいた方は、お手元に届くのを今しばらくお待ちください

今年の午年の運勢は…

皆さま、こんにちは。副住職の隆照です。

年も明け、これが本年最初のブログ更新となります。

今年は干支でいうと午年。

暦の上では、物事がまるで馬が走り出すように、一気に動き出す年だと言われています。

実際に世間のニュースを見てみましても、年明け早々から大きな出来事が次々と起こり、確かに運勢通りだなと思わされるような、落ち着かない日々が続いています。

そんな慌ただしさは、世間だけではなく、我が家にもありました。

年始から家族の体調不良が重なり、その看病に追われているうちに、気がつけば一月も終わろうかという頃合いになっていました。

写真は千種の園、近くの老人ホームに、月に1回慰問に行っているときの写真です。スタッフの方が撮影してくれました。

上記のようないろいろなことをしているうちに時間というものは、本当にあっという間に過ぎていくものだと、あらためて感じさせられます。

さて、1月21日はお大師さまのご縁日にあたる初大師でした。

地域の皆さまのお力添えをいただき、護摩のお勤めと、皆さんでお大師さまにお勤めをする大師講を無事に行うことができました。

当日は多くの方にお参りいただき、誠にありがとうございました。

今年は午年ということで、運勢について少し調べている中で、興味深いことを知りました。

私はこれまで、お馬さんが亡くなる原因の第一位は足の怪我だと思っていました。

ところが実際には、それは第二位で、第一位はお腹の調子を崩すことなのだそうです。

元気に走り回っているように見えるお馬さんでも、「この子は大丈夫だろう」と油断すると、体調を崩し、命に関わることがある。

とても力強いイメージのある動物ですが、実は非常に繊細な生き物なのだそうです。

では、なぜそんな動物が干支に選ばれているのか。

それはきっと、昔の人からの注意喚起なのだと、私は感じました。

物事が調子よく進んでいる時ほど、一度立ち止まり、

「本当に大丈夫だろうか」

「無理をしていないだろうか」

と、自分の体や、周りの様子に目を向けることが大切なのだという教えではないでしょうか。

仏教というと、「自分よりも他人を大事にする教え」というイメージを持たれることが多いかもしれません。

私自身も、以前はそう思っていました。

しかし教えを紐解いていくと、まず大切にしなければならないのは、自分自身であるということがわかってきます。

修行とは、自分を高め、自分を大事にしていく営みです。

そして、自分をきちんと整え、高めることができてこそ、目の前で困っている人に手を差し伸べることができる。

もし、せっかく高めた自分が、人に意地悪をしたり、粗末な振る舞いをしてしまえば、その価値を自ら下げてしまうことになります。それは、とても勿体ないことです。

だからこそ、しっかりと自分を大事にした上で、少しだけ自分を後回しにして、誰かのために手を貸してあげる。

その姿こそが、尊い修行なのだと思います。

今年は、物事が勢いよく動いていく年になるでしょう。

だからこそどうか、自分を大事にすることを忘れずに、一日一日をお過ごしください。

本年も、皆さまにとって穏やかで実りある一年となりますよう、お祈り申し上げます。

柴燈護摩と大掃除の修行

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

早いもので、今年も残りわずかとなりました。

12月14日、当山では無事に柴燈護摩(さいとうごま)の行事を厳修することができました。

例年ほど寒さが因っては来ていない冬ですが、それでも実際山の上に上がると底冷えがきつく身体がいつの間にか冷えている、そんな気候でしたが多くの方にご参詣いただき、炎の前でそれぞれの願いを込めて手を合わせていただいたこと、誠にありがたく思っております。

今年の柴燈護摩は開始してから5年目という節目の年であったため、一つの集大成としまして、可能な限り、炎を高く上げようと言う試みのもと、今までの技術を全て詰め込み壇を組みました

その甲斐もあって、当日燃え上がった炎は過去1番の高さに登りお参りの方々にも、「今年はすごかったねぇ」と言っていただけるお勧めを行うことができました。

柴燈護摩を行っていると、今年も何とかここまで来れたと言う思いが湧き上がってきていました。いろいろあった1年ですが、最終的に振り返ってみると「無事にここまで過ごせたこと」そのものが、おかげさまをいただいたと感じさせられました。

さて、そんなことを思っているうちに、気がつけば一年が終わろうとしています。

振り返ってみると、我が家としては、次男泰良(たいら)が暴君として振る舞い、その王様の相手をするのに非常に振り回された家族としての1年だったなと思います

気づけば抱っこ、気づけば遊び相手、気づけば寝かしつけ。

「少し時間ができたら、あれをしよう」と思った矢先に呼ばれ、振り向いたら一日が終わっている——そんな毎日の繰り返しです。

しかし、不思議なもので、その慌ただしさの中時間が過ぎ去ってみれば、良い1年だったなと心暖かく思える時間であったと思います。

そして年の瀬といえば、大掃除の季節です。

掃除というと、どうしても「面倒な作業」と感じてしまいがちですが、仏教の中では古くから掃除もまた修行の一つとされてきました。

床を拭き、埃を払い、不要なものを手放していく。

それは単に空間をきれいにするだけでなく、自分の心の中に溜まった執着や乱れを見つめ直す行いでもあります。

掃除をしていると、不思議と心まで静かになり、「今年もいろいろあったな」と自然に振り返る時間が生まれます。

忙しさに追われる日々の中でも、手を動かし、無心で掃除をする時間は、私たちにとって大切な「立ち止まる修行」なのかもしれません。

掃除の功徳といいますと、このブログでも何度も書いています自身清浄、他心清浄(じしんしょうじょう、たしんしょうじょう)

掃除をしていると、初めはいやいやながら始めた掃除でも終わる頃には不思議と気持ちがすっきりしている。そして掃除の行き届いた空間を訪れた。他の人の心もすっきりとさせてくれる。そんな功徳が昔から言われています。

柴燈護摩の炎に手を合わせ、子どもとの時間に追われ、大掃除で一年を締めくくる。

こうしてみると、特別なことは何一つなくとも、日々そのものが仏さまの教えの修行なんだなと思います。

今年も多くのご縁に支えられ、無事に年の瀬を迎えられたことに感謝しつつ、どうぞ皆さまも心と身の「掃除」をしながら、穏やかな新年をお迎えください。

光明寺では31日の大晦日、12時前より除夜の鐘をつきまして、新年を迎えます。除夜の鐘が終わり次第、本堂にて新年の初ゴマを行います。

お檀家さんもそれ以外の方も様々な方がご参加していただいております

どうぞ興味のある方は一緒に新年をお迎えしましょう

苦難は幸せのスパイスになるか?

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

大阪万博ついに開催されましたね

開催前はたくさん批判の声が上がっていましたが、開幕当日の様子を見ていると超満員の人が訪れているのを見て、行ってみたい人はたくさんいるな、という印象でした

かくいう私も前売り券は購入しておりませんが、どこかの平日で人が空いたぐらいの時期に行ってみたいという思いです

苦労したなら、苦労したなりの思い出作りにはいいかなと思っております

万博開催の当日は光明寺奥の院の護摩の日でしたが、とんでもない春の大嵐になりまして人はくるのか?というような状況でしたが、数人の方がお参りに来ていただきまして、皆で一緒にお勤めをしました

今年に入ってからというもの、私の周りで様々な嬉しい報告が相次いでいます

皆さんの苦労しておられた時期から知っている身ですので、当時の状況というのも良く覚えています

子どものこと、伴侶のこと、親御さんのこと、様々な違いはありますが、大変だった時を乗り越えて喜びを手にされた方々は皆うれしそう

辛いことがあっても投げ出さず、辞めずに続けていく方々というのは傍から見ていても美しいな、と感じます

そんな時期を乗り越えたから、周りの人達も思わず応援したくなるのではないでしょうか

先日、高野山にお仕事で赴いておりましたところ、いきなり相談をもちかけられました

詳しい話は割愛しますが、いろいろな不都合が何故か私だけに降りかかってくるんです、どうすればそんな不都合にあわないでしょうか?ということだったのです

不都合を回避する術は私はわかりませんが、ある一つの物語が思い浮かんだので、相談者の方にお話ししました

その話とは周利槃特(シュリハンドク)というインドのお坊さんの話なのです

このお坊さんは頭が悪く、自分の名前も忘れてしまうほどだったのです

でもお釈迦様のお話しを聞くのは大好きだったのですが、聞いてもすぐに忘れてしまうので、修行をしている同期のお坊さんたちから「お前がお釈迦様の話を聞いて修行しても意味がないから、お坊さんを辞めてしまえ」と言われて悲しんでいました

するとそれをみたお釈迦様が箒を渡し、お前の修行は掃除をすることだよと伝えました

周利槃特は言いつけを守り、毎日掃除を続けていました

最初は馬鹿にしていた周りのお坊さんですが、何年も続けていると周利槃特のことを知らない新米のお坊さんも入ってきます

その人たちは、いつも掃除してきれいにしてくれている人だと思って周利槃特に頭を下げてお礼を言っていくようになりました

それを見ていた同期のお坊さんたちも、いつのまにか 周利槃特を認めるようになっていたというお話しです

相談者の方の不都合に会わないよう、というのはわかりませんが、 周利槃特のように何時も小さなことをコツコツ続けていると、いつのまにか不都合な状況の方が変わっていっている、このお話しが私は好きです

一見、不都合や苦難と言える状況でも腐らずやり続けることが、遠回りに見えて一番の近道なのではないか、と考えております

乗り越えた状況はきっと、その後の幸せのスパイスに変わっていると思います

ちなみに、 周利槃特 はその後無事に悟りの境地まで到達することができ、偉大なお坊さんとして名を残しました

そして彼のお墓から生えてきた植物がありました

食べてみると美味しいのですが、癖が強く、食べ過ぎると 周利槃特のように自分の名前も忘れてしまうようになるかもしれないので「名が何か、わからなくなる草」で茗荷(ミョウガ)と名づけられました

いよいよ春の訪れでしょうか?

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

やっと寒い時期が終わり、暖かさを感じる頃合いになってきましたね

趣味で植えている芝生も、よく見れば所々青い芽が見つけられるようになってきました

家族が増えてきたので、少しでも実利のある趣味をと思い、家庭菜園を始めました、、、私ではなく住職が(笑)

これだけ温かくなってくると、ボチボチ春の野菜を植えようかと思案して、今のところは、カラスのエンドウとネギを植えております

去年から始めた菜園ですが、取れる野菜は贔屓目も入るのでなかなかに美味しく、実際にお得か?というよりも「お得感」に胸を打たれて、幸せに食べております

近年では、ほったらかし農法というのもあるので、私はむしろそっちの方が興味が出てしまい去年よりこの3月4月のシーズン、実験もかねてお寺の脇の土地で色々試行錯誤しております

未だなんの成果も得られておりません

やはり奇抜なことをしても意味がないのか?そんな葛藤とともに遊んでおります

今月はお彼岸があり、なかなかブログの方まで手が回りませんでしたが、やっと今高野山にてこの記事を書いております

高野山でお参りのみなさんに法話をさせていただく

回数をずいぶん重ねたので、もう流石に最初の頃のようにガチガチに緊張することはなくなりましたが、不測の事態などは必ずあるので、毎回手に汗握って必死になっております

毎回私がテーマにしているのが「修行」というものですが、春休み期間中ということもあって、いつもよりも年齢層が若い方が多く来山してくれていまして、お話に興味深々の子もいれば、あっちこっちに興味があり、気になって仕方がない子もいます

お話をしている側としても、いろんな子たちの様子が見れるので飽きないなーと思いながら話しております

お話の中で仕事と修行がどう違うか?ということを話しております

実際に行う行動は同じでも、気持ち一つで様変わりするものですよ

例えば、私でしたら法話という形で、ただお話しをするのであれば仕事です

ですが、せっかく高野山に春休みの1日を潰して来てくれた子達に、あるいは大人たちに、ただただ「作業」としてお話をしていては申し訳ないじゃないですか

ですので、聞いてくれている方々が少しでも、日常生活に「修行」を取り入れられて、大きく成長していってほしいと思いながら話しております

これは仏教的には「相手の為に」と考えて行なっているので立派な修行となります

このように考え方一つでガラリと変わってしまうのも仏教の面白いと思っているところです

みなさんの私生活に是非とも修行はいかがでしょう?

勉強一つとっても自分のためにあると思うかもしれませんが、将来的に学んだことで誰かを助けたい、役に立ちたいと思いながら続ければ、立派な修行です

一緒に修行しませんか?

節分の祈願が終わり、皆様のお札が発送されました

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

2月3日から始まった光明寺の節分祈願、1週間の間護摩を続けまして、9日に無事フィナーレを迎えました

今年は最強寒波到来の期間にばっちり被っていたため、毎年寒いのですが、今年は特に冷え込んで雪の積もる中行った日もありました

そんな中でも毎日お参りに来てくださる方もいて、本当に頭が下がりました

9日の結願は、朝7時から寒い中にもかかわらず30人ほどのお参りの方々と一緒に、申し込んでいただいたお札を祈願し終え、順次手渡しか発送させていただいております

今年は我が家も更に一人増えて迎えた節分でしたので、もう家の中はテンヤワンヤで気が付いたら時期が来て過ぎ去っていったという感じです

なので今年は本当にいろんな人の助力に頼りっぱなしでした

そんな中でも、光明寺の節分が例年と変わらず、無事に終わってくれたのを見ると、私個人の力なんて本当に大したことはないもんだと思わされました

長男の時も思いましたが、私たち個人ができることなんて、たかが知れているというのを知ることができるのも子育ての役得でしょうか?(笑)

大きな時間や時代の流れの中で、個人でできることなど大したものはなく、あるとすれば、流れているのを少し手伝ってあげることぐらいでしょうか?

困っている人がいたら、少しだけ手を伸ばせる準備はしておきたいと、思いながら1週間護摩をしておりました

・・・私は今年真っ黒の厄年ですから、私が困るかもしれないのですが(笑)

お腹がすいたとぐずる息子

ただいま我が家は王様が二人いますので、戦争状態です(笑)

あけましておめでとうございます

更新が遅くなりましたが、皆様あけましておめでとうございます

光明寺は今年も無事に新年を迎えることができました

なかなか写真を撮ることができず、わずかな報告写真だけですがご容赦ください

去年の除夜の鐘にはたくさんのお参りの方が来ていただき、なんと総勢60人を超える人だかりになりました

遠いところでは、姫路からも来てくれていて、みんなワイワイと賑わって楽しい雰囲気

地域の同窓会のような、迎える側としては嬉しいことです

去年の暮れより暖かい日が続きまして、正月の3が日は暑いぐらいの陽気でした

例年どおり、地区内の檀家さんの家を一軒づつ回って挨拶を行いました

東周りは二日、西回りは三日に行っております

挨拶に赴いた家々で暖かく迎えていただいて、ありがたい思いでした

年末に大掃除を行い、諸を奇麗にしたあとで、初詣やあいさつ回り

この流れは皆さんも御なじみだと思います

これは日本の国ならではの文化ですが、私は日本人が上手く仏教と神道の教えを生活に取り入れた結果と思っています

年末の大掃除をするのも自分自身への修行です

掃除の功徳というのは、何度もこのブログで取り上げていますが、自分の心が奇麗になるのと、他人の心を奇麗にする、それが良いことを呼び寄せる

そういう趣旨の修行ですが、新年の初詣もその続きと考えています

お坊さんになりたての時に、師匠からよく言われました

「手を合わせることは心の掃除と同じ」

それを言われて、当時はしっくりきませんでしたが、長年お坊さんを続けていると「なるほど」と思うようになりました

私たちは新しい玩具や機械を手にすると嬉しいですが、普段自分が触らないものほど少しぶつけたり、汚したりしたら「どうしよう」と焦ってしまうものです

ですが、使い慣れた道具や、よく知っているものは、ぶつけたり、汚したりしても「また奇麗にしたらいいや」と思えて、自信と余裕があります

私たちの心もこれと同じと思っています

普段から手を合わせて、お祈りをしていく

一見無駄なことをしているように見えますが、心の掃除をしているのです

繰り返し行っていくと、だんだん自信もついて、自分の心がよく知ったものになってきます

そうなると、少し不愉快な思いがあって心が汚れたとしても、少しも焦りません

奇麗にするやり方を知っているわけですから

是非皆さんも、初詣や普段のお参りは「心の掃除」と思ってお過ごしください

皆さんにとって良い修行になりますように

お久しぶりです

題名のとおり久しぶりの投稿でございます

おサボりの期間がありまして、なかなか更新できず申し訳ありません

4月4日に光明寺では土砂加持法要という一大行事が行われて、たくさんのかたにお参りいただきました

今年は、2年ぶりとなります神戸の田中僧正に法話の依頼をしたところ、快く引き受けていただき、再びの登場となりました

前回のお話、東日本大震災のご経験をもとにされた、個々人の役割というお話が非常に好評でしたので、光明寺の檀家さんも多数の方が「また会いたい」と言って心待ちにしておりました

今回もつかみはバッチリの田中僧正のお話は、皆んなの反応もよく、最初は笑いに溢れて、そこからだんだんと深いお話に入っていき、最後には亡くなったおばあちゃんの話をされたところでは、みんなが感動のあまり涙を流しながら聞くという状態でした

私もお話を人前で行う身なので、田中僧正の観客を引き込む力を目の当たりにして、いつかはこうなってみたい、と思う最高の時間だったように思います

話は変わりますが、三月に能登半島に行ってきまして、現地のお寺へボランティアに入りました

作業内容は主にゴミの運びだしと掃除でしたが、人数がいれば簡単な作業ですが、その人数が揃わないために作業ができていないという状況でしたので、少しでもお力に慣れたら嬉しいと思いながら作業に当たりました

ニュースを見でみていた通りの惨状を目の当たりにして、被災した人たちの少しでも早い復興を祈らずにはおれない気持ちと、自分の住んでいる場所でなくてよかったという気持ち、両方が出てきて複雑な思いです

無事であればこそ出来ることがたくさんある、そう自分に言い聞かせながらの作業は身が入りました

今後、私のお寺の周辺でも、募金活動や再びのボランティアを行う機会があるはずです

可能な限り精力的に参加して、手助けができればと思います

現地に赴いて、普通に道路が通れて、水が飲めること、またトイレなどの生活施設が当たり前にある現状が、奇跡のようにありがたいものだと改めて実感しました

普段の生活を送れるように頑張ってくれている方々にも、改めて感謝して日常生活を送りたいと思います

二歳になる息子は、イタズラを覚えだしたようで、写真はおじいちゃんの老眼鏡をこっそりかけていました

今月から私が行なっている夜の護摩を土曜日に移します

基本は月末の土曜日に6時から行う予定ですので、お参りしたい方は是非ご参加ください

今月は4月27日です

遅ればせながら、おめでとうございます

みなさんあけましておめでとうございます

随分更新が遅くなってしまいましたので、1月にあったことを纏めて書いていこうと思います

今年は年の初めからいろいろなことが起こりまして、皆さんもとても忙しい年明けになっているかと思います

能登半島地震は元旦に起こりまして、私も最初理解が追い付きませんでした

被災された方々には、一刻も早い復興の手が届くことを祈っております

お寺側としても、高野山が災害対策部署を立ち上げまして、全国の真言宗寺院から寄付を集めています

集まったお金は、復興支援団体に寄付されるとともに、私たちお坊さんができる復興支援の元手として活用されていく予定です

直接現地に入ってのボランティアなどは、もう少し近場のお坊さんが行うでしょうが、私たちにできる活動を行っていきたいと考えております

私ができる直近の行動として、やはり毎日祈るという事が大事と感じております

募金でお金を、お祈りで思いを、両方を送るのが私の活動です

また時間がたてば、できることが出てくるでしょうが、今はこの二つを大切にしたいです

話は光明寺に戻りまして、年始の始めは2日、3日と私たちが歩いて檀家さんのお家(有年地区に限る)を訪問して、玄関先で挨拶と共に、一年の無事を祈念してお経を唱えます

今年は我が子が送ってくれました

第二日曜日には奥の院で護摩のお勤めが開催されて、年始初めてでしたので、みなさん多くの方がお参りにこられました

私はうっかり写真を撮るのを忘れてしまいまして、状況をお伝え出来ないのが残念です

良く晴れた晴天のいいお天気のなか、みなさん冬の登山?といえるレベルではないですが、歩いて上がってこられて、一緒に被災者の人たちの為に手をあわせて、お祈りしておりました

21日は光明寺本堂での護摩、並びに皆さんでお大師様にお勤めをする大師講の日です

30人以上の方がお参りにきてくださり、本堂は一杯の超満員

護摩のお勤めが終わった後に、本坊へ移動

住職がお釈迦様の亡くなられた、涅槃図を題材にして仏教のなりたちや私たちの生活で守っていく、「心の修行」となる戒律にたいしてのお話しなどを行いました

話の最後には仏教クイズも飛び出し、意外にも好評だったので、次回もまた行うかもしれません