今年も始まりましたね、光明寺の一大行事「節分星祭」です
この日の為に皆さんからお受けした、お札を作って参りました。
しまった、お札を見やすく写真撮るのを忘れていました。
見えにくいとは思いますが、正面の観音様の両脇にある白いものが全部お札です。
そもそも、星祭とは私たちが生まれたときに背負う運命、これを仏教では業と言います。
よく私たちが「この子は~の星の下に生まれてきたに違いない」とか言う星です。
これは各々生まれた年などによって違うので、それぞれの星を供養することで自分の今年一年の運勢を上げていこうという趣旨のものです。
これの大本は、お大師様が唐より持って帰ってきていただいたお経の中に「宿曜経」というものが含まれており、それに基づいた方法でお勤めを行っています。
ちなみに、この宿曜経非常にわかりやすく、詳しく書いてくれているので、たびたび女性週刊誌の~占いで名前だけ変えて掲載されているのを見つけます。
そのたびに私は思わず笑ってしまうのですが、それだけ広く広まっているということですよね。
皆さん事前にお札を申し込んでいただいた方がお参りに来られます。
自分の運勢がかかっているだけに、真剣なお顔です。
なお、仏教や神道で使う数え年というものですが、これは一般に自分の満年齢(普段使っている歳)に一歳足すことで出すことができますが、なぜこのような数え方になるかというと、お母さんのお腹の中にいるときから歳を数えていたからです。
さらには、旧暦ではこの節分が正月に当たり、歳を超えたら誕生日が来なくても皆さん自動的に+1歳になっていたので、ちょっとややこしい数え方になるんです。
私の身近にも、33と思っていたのが、暦でみたら35だったというのでショックを受けたという笑い話がありました。
脱線した話はさておき、10時になるとお堂の周りに暗幕を垂らしているので、電気を消して暗くして護摩のお勤めを始めました。
普段とは違う雰囲気にお参りに来た子供もワクワク半分、ドキドキ半分の様子。
お勤めが終われば、いつものお手伝いに来てくれるお坊さんからお話しをいただきます。
今回は近場のおばあさんがいつも口癖にしている「朝を迎えれてよかった」という話をしておられました。
私たちは当たり前のように次の日の朝を迎えていますが、それはすごく奇跡的なことで、いつ心臓が止まるかもわからないし、病気で亡くなるかもしれない。
それを高齢になって初めて実感して、朝起きるたびに、今日も一日の始まりを迎えれました、ありがとうと感謝する。という趣旨のお話しでした。
私も若いからと言って、知らんぷりできないので、心に留め置きます。
それが終わればお接待の善哉です。
この日の善哉は5~6回小豆を焚きこんで、味を染み込ませた特別性。
お餅はなんと朝一番にお店でついてもらった出来立てです。
皆さん美味しいものを前にすると目の色が変わるのは、子供も大人も変わりませんね。
美味しく食べていただけたのは、出す方としても一安心でした。
この2月3日を境に、ここから一週間、護摩のお勤めを続けてお札にお願いごとを込め続けます。
そのお札は2月9日に出来上がるのですが、光明寺では9日までどこへお参りに来ていただいても皆さんのお参りを歓迎いたします。
是非、お時間を見つけていただいて一緒にお札の祈願を行いましょう。