彼岸の正御影供

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

お彼岸いかがお過ごしでしょうか?

コロナの非常事態宣言も一応は抜けて、対策はしつつも外に出る人も増えてくるでしょうこのごろ。

お参りや私生活で、公園の側を通ると親子連れの賑やかさに釣られて、こちらも思わず口角が上がってきます。

鬱憤の溜まった子供さんを連れて、彼岸休みに外に遊びに行く人もおおいのではないでしょうか?

光明寺では、そんな中でも変わらず春の彼岸の中日に護摩のお勤めが行われました。

写真にもある通り、この日は予報では雨の1日。

せっかく咲いた境内の木蓮の花も、無惨に散ってしまっています。

この時期は霧が濃くかかるので、朝方などは本当に国道では100メートル先がぼやけています。

こわやこわや

しかし、朝から空気は暖かく雨の湿度も相まって、ほんわかとした空気感の漂う光明寺。

なんだか参拝の人たちの雰囲気も今日はのんびりです。

写真は住職が護摩の炎で腹帯を祈願している様子

安産祈願を申し込んでいただいた人には、自分が使うであろう腹帯やらマタニティグッズを持ってきていただき、それを護摩の炎でお清めして渡しています。

ありがたいことに、本尊様のお力を分けていただいて、皆さん無事に産まれてきてくれています。

新しく産まれてくる子どもたちには、みんなの期待と光明寺の本尊様のお力を受けて、どんどん育っていってほしいと思うばかりです。

写真は護摩を終えた後のお話で、いつもお手伝いいただく真楽寺さん

お話が面白いのでみんな笑あり、頷きありでいつも興味深く聞いています。

今年のお彼岸は比較的天気も良く、お墓参りをされる方の姿がちらほらと見えています。

皆さんご先祖様が帰ってきているお彼岸に、是非ともお散歩気分でお墓参りはいかがですか?

満員御礼!

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

本日は光明寺奥の院の護摩のお勤めを無事に行ってきました

今月は三月のお彼岸前ということもあり、お寺は忙しくなるであろう彼岸ウイークに向けて、徐々にエンジンの回転数を上げていっているような感じの気分です。

もうすでに、お寺には彼岸の最中には来れないということで、事前の墓参りを行いに来られる方の顔がちらほらとみえております。

そんな中での護摩でしたが、本日は晴天に恵まれ、さらに雨が上がった午前中ということで、花粉の悲惨な飛散も抑えられての、花粉症にはありがたい日でした。

さらに、光明寺としては嬉しかったことに、今月はいろいろな方が始めて奥の院の護摩に参加してくださり、しばらく非常事態宣言で寂しかったお堂の中が、入りきれないぐらいの賑やかさでした。

写真はお勤めの最中、護摩の炎から上がった煙が非常に幻想的な雰囲気を出している様子を納めた奇跡の一枚です。

皆さんと一緒にお勤めしている中でのワンシーンは、本当に不思議な写真が撮れることがあります。

今月は、お大師さまが御入定された月ということで、高野山の旧正御影供(きゅうしょうみえく)のお話を少し。

お大師さまが高野山の奥の院に籠られて、御入定されたのが、3月21日ということで、真言宗のお寺では、その日はお大師さまを慕ってお勤めを行います。

私たち地方の高野山派のお寺は、太陽暦の今の暦での21日ですが、高野山は旧暦の3月21日にお大師さまのお勤めを行います。

旧暦の正当日(正しい日)に行う御影(お大師さまの姿絵)に行うお勤め

なので、それを短く纏めて旧正御影供と呼んでいます。

お大師さまが残された仏法や言葉は、本当にいろいろなものがあり為になるものばかりですが、毎月行なっている護摩の法は本当に、いろいろなご縁をつなぎ、ご利益を授けてくれるものだな、という事を最近痛感しております。

難しい事は考えず、お勤めの最中ひたすら祈る。

ただこれだけでどれだけ心が洗われることか。

是非とも、皆様半信半疑で結構ですから体験してみてはいかが?

若返りの光明寺?

皆さんこんにちは

副住職の隆照です

今月も21日では無事に護摩のお勤めが行われましたが、いろいろ嬉しい動きがありました

まずは何と言っても、いつも来ていただいている夢前町の真楽寺さんが今回若返ったことでしょうか

いつも来ていただく住職さんは、今回法事がありこれないとのことでしたが、代わりに副住職が来てくれました。

お勤めが終わってから、皆さんに一言挨拶をしてもらいましたが、新鮮味があって皆さん興味深々なご様子

この副住職さん、実は私の一個上でお互い小さな時から知っている仲になります。

去年あたりまで高野山でお勤めをされていまして、何と高野山全体の儀式を執り行う部署に在籍しており、現場監督レベルまで出席しておりましたので、皆さんの中にも高野山での行事に参加されたことがある方は、知らず知らずのうちに彼の取り仕切る場面を観ていたかもしれません。

そんな倉本大雅さんですが、非常に人当たりが柔らかく、話しやすい雰囲気をお持ちですので、是非話しかけてみてあげてくださいませ。

もう一つ新しい動きとしては「有年まちおこし隊」という活動をされている方が来てくださり、光明寺の情報を発信してくださるとのことで、ウチのお寺も有年の魅力と思ってくださるそうです。

いろんなご縁がつながりますねー

有年の発展に協力できるなら、是非ともお手伝いさせていただきたいものです

奥の院の護摩はお釈迦様

皆さんこんにちわ、副住職の隆照です。

今年の冬は厳しい寒さが続きましたが、幾分か冷え込みも和らいできてくれているのではないでしょうか?

とはいえ、三寒四温、暑さ寒さも彼岸までというように、来週はまた冷え込むようですから、身体の調子は油断せず整えていきましょう。

冷えは万病の元と言いますからね。

光明寺でも、年末に来てくれた嫁さんには、家族一同身体を冷やさないように気をつかっておりまして、住職などは新しい娘が可愛くて仕方ない様子で、ウチで一番若嫁のことを気にかけているのは、もしかしたら旦那の副住職ではなく、住職の方かもしれません(笑)

そんな光明寺ですが、節分も無事に終えることができまして、申し込んでいただいた皆様の手元にはお札が届いている頃合いでしょうか。

節分が終われば、少しお寺としてはホッとできる時期に入ります。

そんな中で行われた毎月第二日曜日の奥の院の護摩も、私たちの気分を反映してくれたのか、非常に気持ちの良い陽気の中でホッと行うことができました。

お堂に向かって手を合わせているのは若嫁さんです。

先月はお寺の都合で、奥の院のお勤めには欠席になっていたので、参拝の皆様とは約二ヶ月ぶりの顔合わせ

皆さんにこやかに受け入れてくれておりました。

なかなか若嫁本人は、もっとテキパキとお手伝いをしたかったと、行事があるたびに毎度悔しがっておりますが、なかなかそこまでやり切るのはまだまだ難しい様子。

まずは皆さんの輪の中に入れていただくことが第一歩といったところでしょうか。

そんな若嫁さんの頑張りは置いておきまして、お勤めが終わった後の住職の話はお釈迦様の入滅(亡くなるとき)のお話でした。

と言いますのも、この2月15日というのはお釈迦様が亡くなった日でして、高野山の上では、毎年2月14日の夜から15のお昼まで夜通しのお勤めを行います。

それにちなんで、お釈迦様のお話を毎年しているのですが、今年は四句の偈のお話でした。

これは聞いたことがある方もいらっしゃるのではないかと思いますが、「一切皆苦」「諸行無常」「諸法無我」「涅槃寂静」というものです。

詳しく言いすぎると長くなってしまうので掻い摘んでですが、この世は私たちが思っているほど上手くいくことの方が少なくて、変わらない物や関係などあるはずもなく、時間や世界というのは私たち個人とは関係なく流れていくので、それを認識できて理解できれば、生きながらにして涅槃、とても楽な意識で生きていけますよ。ということです。

お釈迦様のすごいところは、当時国のお金を使って、大真面目に国王が不老不死の方法を探っていたような時代に、そんなものは無い!と自然の法則を理解して言い切ったところだと思います。

そんなお釈迦様の理解された四句の偈、これは2600年経った今でも私たち人間にとっては変わることのない真理だと思って、私はお坊さんに励んでおります。

お釈迦様の、このお話は毎年言っていることですが、毎年自分の中でも新たな気づきがあるから不思議です。

掛かっているお軸は、お釈迦様の入滅の時のお軸です。

光明寺では、今週いっぱいはこのお軸をお祀りしておりますので、どうぞ皆さんお参りして、ご覧になられたい方はお越しくださいませ

節分の様子、YouTubeで公開中

皆さんこんにちは

副住職の隆照です。

ただいま光明寺は節分の護摩祈願の真っ最中ですが、このコロナ禍の中でお参りできない方々のために、護摩のお勤めの風景をダイジェストでアップしました。

動画としては、動きも少なく字幕もほとんど入れてないので、退屈な動画に仕上がっておりますが、毎朝の様子が伝われば幸いです。

申し込んでいただいたお札は、この動画と同じことを一週間行い送らせていただいております。

なお、この動画は二月いっぱいで削除するつもりです。

節分は奇跡の晴れ間

皆様こんにちは

今年も節分の星祭が始まりました

このご時世の中でしたが、多くの方が参拝してくださり、光明寺も可能な限りの感染対策の元、お勤めを行えました。

嫁に来てくれた若奥さんも、皆様を迎えようと頑張ってくれていました。

星まつりとは、一年の私たちの運勢をつかさどると言われる星に対してお勤めをしまして、良い運勢なら尚良く、悪い運勢ならば無難に過ごせるようにとお願いするお勤めです。

光明寺では、毎年節分から一週間の間皆様に申し込んでいただいたお札を、護摩のお勤めで祈願して、後に送ります。

普段とは少し違う本堂の形になっております。

このように、申し込んでいただいたお札は壇の上に一週間鎮座されます

この状態で護摩のお勤めを行うので、当然お札にはいろんなものが付きます。

護摩の火で上がった灰、煤、また護摩のお勤め独特の匂いも染み込みます。

もし、お札を申し込まれた方がいらっしゃれば、手に届いたお札の匂いを嗅いでみてください。

たくさん護摩の功徳が染みついた匂いがするはずです。

その香りと共に、お札に込められた力が悪い運勢から守ってくれるはずです。

護摩のお勤めは、毎朝7時より八日まで続きます。

興味ある方は是非お参りくださいませ

新年初護摩・・・しかし、参加できず

みなさんこんにちは

副住職の隆照です。

非常事態宣言が発令されていかがお過ごしでしょうか?

今回の非常事態宣言は、全く外に出るな!という内容ではなかったものの、しかし、用心してなるべく出歩かないでくださいと言われ、なかなか窮屈な日々を過ごしております。

まぁ、これも辛(かのと)丑年の宿命と考えて過ごして居るわけなのですが、光明寺の行事も、やはり少し宣言下でのことを考えて変更を行いました。

1月21日の初大師

例年でしたら、午前中に護摩のお勤めを行いまして、お昼ごはんをお出しして、午後から皆さんで一緒にお大師様のお勤めを、お経をお唱えすることで行うという日程だったのですが、お昼ごはん以降の予定を秋の彼岸の時に延期ということになりまして、護摩のお勤めだけ行うことになりました。

当日は非常に天気も良く、雲が探せないほどの青空で、宣言下でなければ最高の日になっていたであろうことを思うと、少し残念です。

しかし、肝心の私、副住職はここにはいませんでした。

というのも、毎年一月の護摩は姫路のお寺にお手伝いを頼まれまして、そちらに向わせてもらっています。

街中のお寺だけあって、例年たくさんの人が来ますが、そちらも今年は少ない参詣人でした。

コロナが収まるまでは仕方がないですね。

今回は少し別の報告をさせていただこうかなと思います。

実は、去年より地元の再発見ということで、近隣のお父さん方が協力して旧跡の再開発ということをされて、昔のお侍さんの時代に建てられた山の上の出城への道を整備してくださいました。

なんと整備にかかった時間は発案から三年ほどかかったそうで

それだけの間、皆さんで協力されて復興された場所はロマンが溢れる場所となっています。

私は去年、存在は聞いていたのですが、なかなか上る機会がなかったこともあり、足が向いてなかったのですが、先日家内と時間ができたときにようやく登ることができました。

その時の写真がこちら

家内の歩くペースも考えて、登り約1時間の行程でしたが、健脚なかたはもっと早く、30分もあれば登れるかと。

しかし、登って驚きましたが、非常に道がしっかり整備されて、業者さんが入ったと言われても疑問を抱かないほどでした。

そんな中を登れば待っているのは、有年平野を見渡せる絶景

昔、ここ有年が交通の要所であり、それの警護のために山城が建てられたのも納得の見晴らしでした。

写真では全方向撮れないのが惜しい

そして、登って登山記録のノートがありまあしたが、見て驚き。

非常にたくさんの人が登ってこられています。

私たちは、昼からあがったのですが、この日は平日にもかかわらず三人登った後でした。

地元にこんな素敵なところが作られたとは。

アクセスも二号線の直ぐ横という、ちょっと気軽に散歩か登山にぴったっりの場所です。

是非とも、一度登ってみていただくとよろしいかと。

正月の終わりを感じて

皆さんこんにちわ、副住職の隆照です。

このブログを書いている今日は成人の日です。

今年は時勢の関係で、延期、中止が多く発生しているのが居たたまれない思いです。

新成人の方には辛い年でしょうが、挫けないで欲しいと願うばかりです。

今月の始めから、光明寺の門を飾ってくれていた正月飾りのしめ縄や門松も本日取り払いました。

本来でしたら、14日の夕方、正月の節句が終わるときに片づけて、とんどの火で燃やすのですが、平日は村の人たちが動けない関係で日曜日の今日正月終いというわけです。

お寺はお正月が終われば少し休憩しまして、次の節分に向けて大忙しになる予定です。

とはいえ、それはもう少し先の話なので、ここ数日は息抜きできるはず。

そんな中で行われた奥の院の護摩のお勤め。

写真を見てわかりますか?

なんとこの水たち、全部奇麗に氷づいていたのです。

この日は、とてつもなく寒かった大寒波の中行われました。

朝、奥の院に向かう車の中の温度計はなんと-5度を記録。

いざ、お堂に着いてみれば、中の水分はすべてが凍り付いておりました。

写真のペットボトルは、中に水が満タン入っていましたがご覧の通り。

鈍器に早変わりです。

そんな中、山を登ってこられる皆さんの手が赤いこと赤いこと。

思わず、大丈夫でしたか?と聞いてしまいます。

皆さん笑って「寒いね~」と答えてくれるのですから強いですね。

そんな護摩が終わりまして、住職の話は年始のお話しと同じ辛(かのと)丑年の話でした。

同じことを書いても仕方がないので、今日は私のここ最近で感じていることを。

お坊さんという生き方をしていると、不思議な出来事によく出会います。

おそらく、一般の方よりも多いとは思っています。

よくお坊さんは霊が見えるんですか?と聞かれます。

私は一度も見えたことはないですし、声も聞いたことはありません。

自分では霊感は皆無だと思っています。

ところが、そんな私でも居心地の良さ、悪さというものは感じます。

よそ様の家は然り、それ以外ですと、土地の雰囲気と言いましょうか。

やはりしっかりと手入れされた土地や物というのは、いい居心地を感じさせてくれますし、何よりまた行きたいと思わせてくれます。

そんなお寺の空気になればいいな、と考えて色々取り組んではいますがなかなか思い通りにはいかないものです。

ここ最近、いろんな悩みを抱えた方が光明寺に来られる機会がいくらかありました。

いろいろ相談にのってみて、話も聞きましたが、その方々が一番スッキリして帰られたのは、お堂で仏様に手を合わせてからでした。

それまで他人のアドバイスを聞いて、いろんな努力や、お医者さんにかかっても改善しなかったものが、お堂でのお勤めを機に変わられたのを見ると、毎度毎度、自分でも不思議に思いますが、仏様の御加護凄いなと思います。

別に私は、お医者さんを疑っていたり、科学を嫌っているわけではないのですが、、、むしろ、なにか不調があれば、いの一番に観てもらいに行きます。

そんなお医者さんに普段からお世話になっている身でありますが、それ以上に人智を超えた神仏の御加護の一端を見ると、これまで以上にお坊さんを頑張っていこうと思えます。

願わくば、居心地の良い、仏様の力に満ちたお寺の雰囲気に少しでも近づければいいものです。

あけましておめでとうございます

みなさま、タイトル通りあけましておめでとうございます。

コロナで騒がれた2020年も終わりまして、新しい一年がやって参りました。

去年は公私ともに激動の一年だったと思います。

年の初めより、コロナで世界中が振り回されておりました。

世界的に見ても、経験したことのないような、以前の似た事例ですとスペイン風邪の流行が近いかもしれませんが、それを経験された方はもう鬼籍に入っておられますし、全人類が初体験の情勢だったと思います。

そんな中ではありますが、去年は私事に関しましては、大変ありがたい年でした。

私、副住職に嫁いでくれるという殊勝な女性が現れ、念願の光明寺に新しい奥さんができました。

大変な一年の最後になんとか花を添えることができたのではないかと思っております。

そんな一年もおわり、無事に年越しから光明寺は大忙しでした。

新年に仏様と土地神様にお供えする御餅を作るために餅つきを行ったり、しめ飾りを飾り、門松を作ったり、、、毎年光明寺の門前に飾ってある門松、実は住職お手製なんです。

買ったら高いからという理由で作り始めて、早うん十年、若嫁が驚いていましたが、その腕前はプロ級にまで上り詰めております。

一番上の写真に乗っている両脇の門松がそうです。

そして、このブログを書いていて後悔。

餅つきも門松も、しめ飾りも、作る最中写真撮り忘れました。

うーん、残念。

だいたい後から気づくものですね。

ともあれ、そんな準備もしっかりとできて、いよいよ大みそかを迎えました。

今年はコロナの影響もあり、例年の甘酒や暖かいお茶のお接待は中止せざるを得ませんでした。

冷え込みもキツイ日でしたので、誰も来てくれないかと思っていたら、一人、また一人と門をくぐってきてくれて、待っている側としては非常に嬉しいかぎりでした。

さすがに例年よりも総数は少なかったものの、それでもお堂が埋まるぐらいの人数が来てくれて、本当に心の温まる年越しになったのではないかと思います。

そんな中で、今年の除夜の鐘、そのオオトリを飾ったのはこの子です。

実は、小さい時からおじいちゃんおばあちゃんに連れてこられ、良くお寺に来てくれていたのですが、とっても奇麗な女性に成長して来てくれました。

おじいちゃんはもう鬼籍に入られましたが、手を引かれてきていた子が、今度は友人の手を引いてくる側になってくれるとは、、、

うーん、私も歳を感じます(笑)

冗談はさておき、本当に嬉しく感じた瞬間ですかね。

除夜の鐘が終われば、本堂での新年初の護摩のお勤めを行いました。

なかなか普段のお勤めでは来られない人たちも、大みそかの流れでお勤めに入って行くことができる貴重な瞬間です。

初体験な子たちもいて、皆さん思い思いに新年のお願い事をされていました。

そこでの住職の話ですが、例年のごとく干支の話。

今年は丑年ですが、辛(かのと)丑年です。

この干支というのは、一年の運勢を現わしていまして、辛とは植物が枯れてしまって寂しい状態を表します。

しかし、ただ寂しいと言っても、空しい寂しさではなく、次に芽吹くためにしっかりと準備を行うための静寂です。

更に丑年といのは、牛歩の歩みという言葉があるように、物事を一気には進めるのが苦手、しかし、牛は怒れば怖いし、すごい速さで突進しますよね。

丑年の人間は怒らすとおっかないなどと言われるように、辛抱強く物事に取り組めるが、一度怒らすと手が付けられないと言われます。

今年もまさにそんな運気の年で、コロナ明けで一気に物事が動いてほしい気持ちはありますが、そのための準備を辛抱強く行う歳になるということで、もう少し耐える期間というのは続きそうです。

しかし、いざ動き始めたときに、牛のごとく突進できるように、今は水面下でしっかりといろんな準備を行う歳にしていこうではありませんか。

光明寺では、今年も可能な限り例年通りの勤めごとを行うように努力してまいります。

みなさんも、コロナに気を付けたうえで、お参りいただけることをお待ちしております。

光明寺、初参加です

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

写真の通り、雲一つない青空のもと、今年最後の護摩のお勤めが開催されました。

年末の21日は「終い大師」とか「終い弘法」というのですが、一年の締めくくりを迎えるにあたって、冬の天気では珍しい最高の日になりました。

しかし、天気がいい日ほど朝の冷え込みがきつくなるもので、毎朝のお勤めが辛くなるのもキツイ時期ではあります。

そういえば、昔小学校で習った放射冷却というものは、私は夜の間に起こるものだと思っていましたが、お坊さんになってそれが間違えていたということに気が付きました。

だって、毎朝お堂に入る時より、お堂から出てくる時間の方が寒いんですもの。

放射冷却とは、太陽が昇り始めるときに空気の循環が起こるから冷え込む現象だそうで、詳しくはインターネットでお調べくださいw

そんな冷え込んだ朝でしたが、今日はホットな出来事も沢山。

その一つが、上記の写真に写っています。

嫁である久美が、お大師様の護摩に初参加です。

上の写真は、朝のお勤めをしてくれている風景をこっそり撮りました。

嫁いで来てくれて1か月と少し。

いろいろ不慣れなことばかりのなか、非常に頑張ってくれています。

私にはもったいないぐらいの嫁です。

さて、あんまり惚気ていると本人から怒られてしまうので、本題に。

本日は平日にもかかわらず、多くの方のお参りを賜り、迎える側としては嬉しい限り。

ストーブを焚いて、ホットカーペットを敷いて、それでも寒いお堂の中も、護摩の火が上がれば、暑いぐらいの熱気に包まれまして、皆一緒に般若心経をお唱えします。

嫁の久美さんも、まだ完全に覚えきるまではいってないものの、みんなと一緒ならば問題なく唱えれるようで、素直に覚えの速さに関心しております。

護摩が終われば住職の話なのですが、この日の話はちょっと地元話。

というのも、近所のお山の上にお大師様が祭られていた大師堂があったのですが、諸の事情でお参りする人がいなくなってしまい、放置されていた大師像をお寺で引き取ることになりました。

その折に、大師堂があった山の上は権現さんが祭られていたようで、どうせならばとお参りしてきたそうな。

権現さんとは、神様を仏教流に呼んだ呼び方です。

近畿では有名なのは、奈良の金峯山寺、蔵王大権現でしょうか。

住職が登った山の頂上には、大龍権現という神様がお祭りされていたそうです。

なんでも、そのお山の上からは千種川の流れ、そして有年の土地が全て一望できたそうです。

そして、川のうねり、というものは、よく龍に例えられて祭られたりします。

みなさんが一番耳にしたことあるのは、出雲地方のヤマタノオロチ神話ではないでしょうか。

あれも、良く氾濫を起こす暴れ川を、なんとか氾濫しないでくれ。と人々の願いが込められたお話しです。

それと同じように、山の頂上にお祭りされていた大龍権現さんは、千種川のことを現わしているのではないか?と住職には感じられたようで、非常に多大な恩恵を与えてくれる千種川に感謝表すと同時に、一度牙を剥きだした自然の力にはなすすべなく、流されていたでしょうから、どうか暴れないでくださいね、とお願いする場所であったのではないだろうか、ということでした。

これは、あくまでお坊さんとして感じたことでしたので、もしかしたら学者さんが言う事とは違うかもしれませんが、一つの感じ方として皆さんの興味に触れることができれば幸いです。

私たち人間は、自然の力の前では、どんなに頑張ったところでちっぽけですが、それを恐れて近寄らないという選択をするのではなく、恐れながらも、祈りを届け、願いを届け、どうか暴れださないで、恵みを分けてくださいと、お願いしながら付き合っていくことのできる生物です。

先人たちの、願いの場が垣間見えたこの度のお話しでしたが、大師堂のお大師様は光明寺に無事に、先日運び込まれました。

本坊二階の大広間にお祭りさせていただいております。

もし、お姿を一目見てみたいという方がいらっしゃいましたら、どうぞ気軽に声をかけてください。