無事に光明寺の夏が終わりました

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

お盆から降り続いていた未曾有の大雨も、ようやっと収まってくれました。

ここ光明寺では24日の地蔵盆、並びに施餓鬼のお勤めをもちまして無事に、夏の行事が終わりました。

私自身はと言いますと、25日に知り合いのお寺の施餓鬼のお勤めが終わりまして、光明寺から遅れること1日、なんとか夏の終わりを実感しております。

毎年のこととはいえ、8月の最後の方になってくると、疲れはしていますが、それ以上に里帰りしてくれた方たちが、お盆からお寺に訪ねて来てくれたり、いろんなお寺のお手伝いを頼まれ、バタバタと動いているうちに、高いテンションが続きお祭りのような気分で過ごしているせいか、時間があっという間に過ぎています。

コロナで通例通りとはいかないものの、お寺界隈もなんとか頭を働かせて、動いている中でのお手伝いが出来て嬉しく思っています。

さて、光明寺ですが、21日に護摩のお勤め、そして24日に施餓鬼のお勤めと二つの行事をこなしました。

写真は左がいつもの本堂、右が施餓鬼を行った持仏堂です

護摩に関してはいつもの通りですが、いつもと違うのは、参られた方は境内にお盆の間はお祭りしている各家のお塔婆にお水をかけてもらっていました。

いつもお願いしています、ご自身の先祖さんだけでなく、他の家の先祖さんにも手を合わせてあげてくださいね、ということをしていただいています。

光明寺では、お施餓鬼のお勤めで、去年のお盆から今年までに亡くなった方の位牌を一緒にお祀りして皆さんと供養します。

亡くなってお葬式をして、はい終わりというわけでなく、少なくとも仏教においては、そこから新たな道を歩んでゆく旅路の始まりですから、生きている私たちが可能な限り応援してあげたいですしね。

写真では撮れませんでしたが、ここからさらにたくさんのお供え物が置かれます。

それをご先祖様、そして餓鬼、さらには魑魅魍魎に食べてもらって終了です。

お盆の仏壇にいろんなものをお供えするのは、ご先祖様に食べてもらったあとに、誰も手を合わせてくれない霊たちにも食べてもらって、満足して成仏してもらうのが目的ですので、食べきれないぐらいの量をお供えします。

そして、お勤めが終わった後は、もう毎年恒例になってきましたね。

吉田僧正のお話し。

改めてですがこの方、落語家で、お坊さんです。

桂一門の落語家さんで、今は私たちのような若手のお坊さんの話し方のスキル向上の為に、指導してくれる立場でもあります。

去年は桃太郎のお話しでしたが、寿限無(じゅげむ)の落語が出てきました。

さすが、というべきでしょうか。

会場は話が始まると、大きく盛り上がり、マスクをしながらも笑い声がたくさん。

皆さんいつの間にか引き込まれ、目が笑いながらも真剣に。

今年初めて施餓鬼のお勤めに会う嫁も、裏方仕事がありましたが、なんとか終わらせて途中から聞き入ると大笑い。

そして、話は締めに向っていくのですが、全ては原因があるから結果がある、というお釈迦様の「因果応報」の結論になっていったそうな。

・・・断定できないのは、私が残念ながら途中までしか聞くことができなかったからです。

ええ、裏方仕事という原因が発生してしまったので(笑

ですが、話を聞いた皆さんは非常に満足そうにしていらしたので、会場を設営した側としても満足です。

そして24日が終われば、お盆の間境内に祀られた塔婆も片づけられます。

お性根抜き(魂を抜く)のお勤めをした後に、寺でお焚き上げをして灰になって帰られました。

いかがでしたでしょうか?

ここまでが光明寺の夏としての出来事でした。

まだまだ暑い時期ではありますが、皆さんの無事とご先祖様の冥福を光明寺より祈っております。

もうすぐお盆です

皆さんこんにちは副住職の隆照です

連日のとんでもない暑さの中、いかがお過ごしでしょうか?

私は着物を着るたびに、滴り落ちる自分の汗との闘いな気がして毎日過ごしています。

7月の末ごろから、お寺はどこもお盆の前準備に終われ出すのですが、光明寺も例に漏れず、いろんな人の助けを借りながらお盆に向けて走っています。

写真は七月末に皆さんの力を借りて行った境内の石仏群の一大草刈です

毎年行なっていることとはいえ、数は力!ということを思い知らされます。

ほんとうに、ここは私と住職だけで綺麗にしようと思うと三日ぐらいかかるのですが、皆さん揃ってくれれば1時間半ほどで綺麗に。

ありがとうございます。

これはお山の弁天様なのですが、ちょっと訳あって綺麗に整えている最中です。

というのも先日、面白い方とのご縁をいただき、いろいろアドバイスや相談を受けてもらったのですが、ここの弁天様周辺の場所がとっても気に入ってくれたようで、素敵な場所だ!パワースポットだ!とベタ褒めをいただきました。

それならば!ということで、以前からもう少し綺麗な場所にしたいな、と住職共々思っていたこともあり、重い腰を上げてみようか!ということになりました。

これからどのように変わっていくのか?お寺側としても楽しみであります。

脱線はさておき、この日の護摩はなんと新顔の人たちが参加です

しかも小学生と高校生を連れて来てくれました。

いつも言っていますが、若い子たちが増えると上の方もみんな元気をもらっているようで、活発な様子

護摩の燃え上がる炎を見て、あの子たちはいったいどんなことを感じとってくれたのでしょうか。

今日の住職の話は、定番といえば毎年恒例

お盆の供養と、六道輪廻の話です。

六道と言いますのは、私たち人間のいる世界を「人間道」又は「人道」と言ったりしますが、それを含めて「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人間道」「天道」の世界があり、生きている時の行い「業」によって上の世界に上がっていったり、下の世界に落ちてしまったりします。

良い行いをすれば「善業」が溜まり、悪いことをすれば「悪業」が溜まるというわけですね。

また類は友を呼ぶ、ということがあるように良い行いは、それ自体が良い原因となって、更に良いことを呼び込みます。

これがお釈迦様が説かれた、全てに原因があって結果がついてくる「因果応報」です。

「善因善業」このブログを読まれたことをキッカケに、少し生活で意識してみたら面白い事が起こるかもしれません。

そして、お盆とはご先祖様が帰ってくると同時に、もう一つ大事なのが精霊供養とされています。

文字に出すと、すごく難しそうなのですが、内容は簡単。

他所の霊にも手を合わせてあげましょう、ということです。

木蓮尊者というお坊さんが昔はいたのですが、お母さんが訳あって地獄に落ちてしまいました。

そこで木蓮さんは、お母さんを助けたかったのですが、上手くいかず、お釈迦様に相談したところ、「地獄に落ちた人を助けるのは、個人を助けようとしても無理ですから、堕ちた人たち皆が助かるよう祈りなさい」と言われ、たくさんの人の力を借りて祈ったところ、お母さんも救われたというお話があります。

詳しく知りたい方は、「木蓮尊者、エピソード」とでも調べてくだされば、すぐに出てくるはずです。

その木蓮さん以来、私たちは自分のご先祖様に手を合わせるのと同時に、他の救われない霊たちも救ってくださいと願いを込めて、祈っています。

皆さんも、お盆のお墓参りの時は、自分の先祖だけでなく、他の霊たちに思いを馳せて、手を合わせてあげてくだい。

猛暑、酷暑、晴天の中、光明寺本堂より

皆さんこんにちは

梅雨が明けて、とんでもなく暑い中いかがお過ごしでしょうか?

光明寺では、今月も変わらず21日に無事護摩のお勤めを行うことができました。

ちなみに、最近お寺の玄関横に朱印所の看板を新設しました。

これまでなかなか朱印を求めて来られる方が多いにも関わらず、場所が分かりにくかったために迷わせてしまっていたので、これで解決できるといいですね。

看板の前に蓮の花を置いているのですが、良い感じに咲いてくれて非常に奇麗です。

涼しげがあるかと言われると、残念ながら焼け石に水の感じがあります

みなさんコロナのワクチンはいかがでしょうか?

昨今いろんなニュースや情報が飛び交う中、しかし接種した人は着実に増えてきているようで、ここ田舎の赤穂でも年配の方は大分進んだ様子。

そして、きっかけがあれば人間、行動も変わるものです。

これまでは、コロナの恐怖から来院を控えていた方が、良い天気だからと久々の護摩のお勤めに参加していただけたのは、私たちにとっても嬉しい知らせでした。

嬉しい知らせといえば、先日檀家さんの息子さんが就職が決まったと報告に来てくれまして、副住職は残念ながらタイミングが悪く、会うことができなかったので、おめでとうと直接伝えそびれたのが残念です。

料理人として就職できたそうなのですが、私は個人的に料理を作る人というのは、すごいお仕事だと思っています。

だって、私たちが生きている限りは、どんな偉い人も、どんな極悪人も「食べる」ということ無には生きていけませんし、美味しい食事というのは、落ち込んだ時、悲しい時、辛い時、どんな時も私たちを救ってくれる要素だと思います。

私も、修行時代に辛いことがあった時や、腹ペコの時に食べさせてくれた料理人の人には、やっぱり感謝の気持ちが未だに湧いてきますし、頭もあがりません。

疲れたときに食べる濃い目の味付けの料理なんか、ご飯がどれだけ進んだことか。

もし、この先人間が進化しすぎて「食べる」ということが必要なくなれば、料理人は廃業に追い込まれるかもしれませんが、そうならない限りは、どんな人にも必要な偉大なお仕事であり続けると思いますので、是非とも頑張っていってほしい限りです。

まだまだこれから夏本番です。

お寺はお盆参りも控えている中、暑さで倒れないようにしなければ

皆さんも、どうか夏バテ、熱中症に気をつけて、美味しいものを食べてお過ごしくださいませ

他人の不幸は蜜の味、では、他人の幸福は?

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

7月11日は心配していた雨も無く、無事に快晴の空模様に恵まれて、光明寺奥の院の護摩のお勤めを行うことができました。

左の写真に映る七福神さんも、どことなく気持ちよさそう?w

兵庫県は非常事態宣言が明けたとはいえ、非常に微妙な世情が続いてはおるますが、ひとまず護摩のお勤めがいつものメンバーが集まって開催できたことに感謝でしょうか。

連日の大雨は、こちらの方もすごい降りようで、どこか崩れないかと心配しましたが、なんとか大事なく抜けることができました。

しかし、熱海のニュースは本当に心が痛みます。

私はお坊さんですので、亡くなられた方のご冥福、並びに被災された方の復興をお祈りするということしか出来ませんが、微力ながら光明寺から祈っています。

話は変わりまして、今回の護摩では信徒の方が、赤飯を持ってこられました。

というのも、このご家族に妊婦さんがいるので、安産と母子の無事を祈願してほしいと言われ、お札を作ったのが半年程前。

それから護摩のお勤めでは、おばあさんが(とっても若い)毎回母子の無事を祈っておられ、私たち僧侶側では毎朝のお勤めで、本尊様に母子の無事を祈っていましたら、なんとこの7月初旬になんとか出産を終えることができまして、ご利益を頂いたのでそのお礼に!ということで参ってこられる人全員分を奉納していただきました。

お堂の中は、もうその報告のおかげでみんなお祭り騒ぎに

嬉しいことをみんなでわかちあえるというのは、本当に幸せですね

悲しみは半分に、嬉しさは2倍に!と言ったのは誰が言い始めたのかは知りませんが、本当に真実を上手く言ったものだと思います。

その報告が終われば、住職の法話です。

話の冒頭で蜂の巣のことを言っていましたが、蜂が高い場所に巣を作る年というのは、大雨の年になると子供の頃に言われたそうで、今年は光明寺でも2つもスズメバチの巣を、屋根裏、軒先からとりました。

昔のお年寄りの人が言ったように大雨の年になりましたねー、といっていましたが、ちょっと待ってください。

蜂の巣取ったの私ですー!笑

思わず冒頭で突っ込みたかった話でした。

脱線はさておき、今回住職は「安心」について話ました

これは、一般的には「あんしん」と読みますが、仏教では「あんじん」と読みます。

意味としては、ネットで調べると「仏教の功徳によって迷いがなくなって、安らかな心の状態」と出てきます。

言葉で聞くとややこしいですが、誰か大事な人の為を思って行動している、あるいは、手を合わせている時の気持ちこそが、仏教のあんじんだと思います。

自分の子供の世話をしている時や、親に孝行しているとき、はたまた伴侶に報いてサービスしている時、、、最後だけは不安というより恐怖を感じている人もいるかもしれませんがw

そんな誰かのために動いている時は私たち人は、非常に喜んで、あるいは、楽しそうに動きます。

これを学者さん方は、お猿さんが群れを維持するために進化してきただとか言いますが、仏教では誰かの為に動いている時の心こそ仏様の心と同じだと言っています。

安心(あんじん)を感じるとは、あなたの大事な人たちのために動いてあげてくださいね、ということです。

お経を唱えるでもなく、頭を丸めて修行するでもなく、優しい行いをすることこそが、一番良い修行ですよと真言宗は言っています。

是非あなたの安心大切にしてみてください

少し遅くなりましたが

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

6月は無事に非常事態宣言を抜けて、光明寺本堂での護摩のお勤めを行うことができました。

そして、今月の投稿が何故遅くなったかと言いますと、、、ほんとに文章が出てきません(;’∀’)

いやーこういう事ってあるもんですね、普段は何となく、これを書こうかな~なんて考えがあるもんですが、プツンです。

いやもうほんと、そんな感じの音がするぐらいに文章を書いては消し、書いては消ししているうちにまとまらなくなってしまったので、開き直って現状を書いちゃえ!です。

そして、現状報告的なものでひとつ

若者の間で流行っている・・・今も流行っているのかはわかりませんが、インスタグラムなるものも手を出してみました。

使い方もあまりよくわかっていないのですが、とりあえずですね。

大層な写真はあげてませんが、毎日朝のお勤めが終わった後の風景を撮影してあげていますので、興味がある方は探してみてください

こんな感じの写真なんかを上げています

今月はお大師様の誕生月

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

早いもので、年が明けたと思ったら、もう六月です

最近特に過ぎる年月が早く、こんな風に年を取っていくのかな?と、ちょっと年齢的には早いことを考えてしまっている私です。

世間の非常事態宣言もあと少し、少し出口が見えかけてきたようにも思える今日この頃、ワクチンの報道が続々とニュースを賑わせている中で、皆様どうお過ごしですか?

光明寺の周りの農家の方々は、田んぼが忙しい時期のようです。

水を張って稲を植えてと大忙し

毎年、この6月は皆さま忙しすぎるようで、法事の日程もほとんど入っていなく、お寺としては暇なのかと思いきや、伸びてくる境内の草木との格闘の毎日になります。

今月一杯まで、私も住職も「お坊さん(庭師)」になります。

さて、そんな中ではありますが、今月も光明寺奥の院の上では、無事に護摩のお勤めが行われました。

感染症対策もあるので、皆さんに出すお接待は、お茶はペットボトル、食べ物は持って帰ってもらえるものということで行っています。

旧暦ではありますが、6月の15日はお大師様の誕生日ということで、たくさんのお接待が皆様から持ち寄られました。

なんとこの御萩は毎回手作りしてくださっているもので、とっても美味しいので食べる皆さんが大喜びです。

お勤めが終われば住職の話なのですが、題材は今回もお大師様の言葉「 ”医王(いおう)の目には途(みち)に触れてみな薬なり、解宝(げほう)の人は鉱石(こうしゃく)を宝と見る。” 」でした。

コロナで賑わっている世情の中、頑張ってくれている医療従事者のように薬を作ろう、打とうということは、私たち一般人にはできませんが、それでも私たちの行動や言葉が、周囲の人に薬として役に立つ場面というのはたくさんあるはずです。

このお接待で御萩を作ってくれた人も、ご自身で進んで作ってくれていますが、きっと朝も早くに起きだして、これを一人で作るのは大変なお手間でしょうから、作業の途中で「しんどいな、眠たいな」という気持ちがどこかしらあったと思います。

ですが、その完成した御萩を皆さんが食べられて、「ありがとう、美味しかった」という言葉と笑顔を返していけば、「しんどかったけど、やってよかったな」という気持ちが芽生えるでしょうし、また次もやってみようかな?とお考えになるかもしれません。

そのように私たちは、お互いの態度や言葉で、接する人に薬を付けてあげることができるはずです。

ワクチンが出回って、自分の打つ順番も気になると思いますが、今一度、自分の持っている「薬」はどうやって他の人、あるいは自分の心に使うことができるのか考えてみてください。

お早い梅雨は大丈夫ですか?

みなさんこんにちは

副住職の隆照です

とっても早い梅雨入りで皆さんいかがお過ごしでしょうか?

なんでも、これだけ早い梅雨の入りといえば、過去でも一度だけしかないとのこと。

しかも、その年はお米が大凶作になって、初めて海外からお米(主にタイ米)を輸入したとのことで、私にとっては教科書の中のことでしか知らなかったことです。

今年はそんなことにならないように祈っておりますが、お天道様しだいですね。

さて、非常事態宣言の中ですが、光明寺では今月も可能な限りに感染対策したうえで護摩のお勤めが行われました。

冒頭の写真は、皆さんのお願い事が書かれた護摩木を炉の中にくべて、本尊様にお届けする作法の最中です。

なかなかこの写真のアングルは撮れない写真ですので、珍しい一枚ではないかと、密かに気に入っています。

お勤めの中で何を感じられるかは、人それぞれでしょうが、毎月お勤めを開催して皆さんに来ていただいている身としては、良いものを感じて帰っていっていただけたらいいなと思います。

この日のお勤めでは、先月お孫さんが二人産まれた方が幸せのおすそ分けという事で、赤飯をお参りの方に作ってこられました。

後にいただきましたが、ほんとに上手に炊いておられて美味しいお赤飯でした。

ごちそうさまです

さて、そんなお勤めが終わった後の住職の話でしたが、世情を鑑みまして、お大師様の「 ”医王(いおう)の目には途(みち)に触れてみな薬なり、解宝(げほう)の人は鉱石(こうしゃく)を宝と見る。” 」という言葉を引用してきました。

この言葉は、お大師様が嵯峨天皇に般若心経の解説書として有名な「般若心経秘剣」という書を贈られた中に出てくる言葉です。

深い意味は学者さんの解説に任せますが、医術を極めた人にとって見れば、道端に生えている草の中から薬草を見つけ出せます。しっかりと物事を理解されている方は、埋もれている中から様々な宝物を見つけ出して役に立てることができますが、解宝の人(欲や煩悩で曇った人)は違います。

宝石だと言って、偽物の石を買わされる。うまい話に乗せられて、しっぺ返しを食らう。

欲にまみえると見えるはずのものが見えなくなるので気をつけてくださいね、という意味なのですが、住職が何故この言葉を今月話の題材にしたのかというと、コロナのワクチンが今とっても話題になっています。

報道や調査を見てみると、本当に一途の希望が持てそうな気がします。

ですが、薬とは何もワクチンだけではありませんし、お医者さんだけが人を元気にするのではありません。

コロナの影響で落ち込んでいる人、困っている人、いろんな人にかけてあげる言葉、接してあげる態度、それも立派な人を元気にする薬ですよ。と伝えたかったのだと言っています。

皆さんが身近な人の医王になってあげてくださいね。

斉燈護摩(さいとうごま)でした

皆さんこんにちは、副住職の隆照です。

非常に天気の良い五月、いかがお過ごしでしょうか?

今回私たち若夫婦は、光明寺の奥の院の護摩には参加せず、普段からお手伝いしていただいている夢前町真楽寺さんの斉燈護摩へ、微力ながらお手伝いに行ってまいりました。

例年ですと100人を超える参拝の方が来られて、お坊さんも二桁の人数が動く、とても賑やかなお祭りなのですが、去年今年と残念ながら無観客です。

一日も早いコロナからの回復を祈って止まない思いです。

斉燈護摩は元々、山の中で修業をする修験行者(しゅげんぎょうじゃ)が山間で護摩のお勤めを行うために考え出された法です。

本来全く何もない場所で、周りから悪い霊たちが入ってこないようにするために様々な作法で聖域を作ってその中で火を上げます。

写真では真剣を使っているので、皆必死です。

これだけの火ですから、斉燈護摩を行う日は必ず消防署に届け出を出してから行います。

でないと、火事と間違われて消防車飛んできてしまいますからね

光明寺住所も、法螺貝を持って、護摩の後に飛んできて参戦です

お勤めが終われば、皆で火渡りの修行を行い終了です。

左側の写真は私ですが、被ってしまっていた、残念。

右側は若奥の久美です。

彼女も火渡りは初めての経験だったので、、、しかも周りの人が面白がって怖がらせまくっていたので、実際に行うまではビビりまくっていましたが、なんとか無事にわたり終えることができました。

以上が真楽寺さんのお寺で行った斉燈護摩のお勤めでした。

今年は無観客ということでしたが、例年ならば誰でも参加可能なお勤めですので、お時間ある方は是非参加してみてください。

非常に良いパワーをもらえること間違いなしだと思います。

四月なのに五月晴れです

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

本日は四月のお大師様の日です

お陰様で快晴の天気に恵まれまして、非常に気持ちよく護摩のお勤めを行うことができました。

カレンダーは4月ですが、体感の気温や陽気は五月の五月晴れか、初夏を思わせるぐらいに暖かい日でした。

そんな陽気で奇麗に咲いた花にはお腹を空かせてやってきていたアゲハ蝶

のんびりと美味しそうに蜜を吸って、私が近づいても逃げるそぶりはありません。

やはり皆美味しいものを目の前にすると食い気が勝ってしまうのですねw

そんな中でもたくさんの人がマスクをして、対策を各々行ったうえでお参りに来てくださいました。

お勤めの後の住職のお話しでは、月初めの土砂加持で来てくれた田中僧正のお話しがでできましたが、神戸の震災に合われて、奇跡的に一命をとりとめた田中僧正でしたが、お話しの中で、仏教を信仰していたから仏様に助けていただいて、という事を話しておられましたが、法話が終わった後に住職に相談しに来た一般の方がいたようです。

「仏教を信仰していたから助かった、と仰っていましたが、じゃあ信仰していなかったら助からなかったのですか?」

なんとも答えにくい質問ではないでしょうか?

住職の話を聞きながら思わず、お坊さんとしての生き方が問われるような質問だな、と思います。

信仰していると病気にもならないし、悪いことも起こらないなどとは私も思いませんし、皆さんの病気平癒を祈るお坊さんだって、病気になります。

ですが、信仰している人としていない人の最大の違いというのは、起こった出来事を素直に受け止めることができるかどうか?ではないかと思います。

大事な人が亡くなった時、理不尽なことが起こったとき、信仰を持っている人も、持っていない人も等しく悲しい思いが募ると思います。

時間が経っても自分の中で整理がつかず、なぜ?どうして?との思いばかり募ると何も手につかず、何をやっても満たされないという状況に陥る人もいると思います。

しかし、信仰をしっかりと持っている人というのは、辛いことがあって、落ち込んでも、そこに立ち止まらず、時間はかかるかもしれませんが、起こった出来事を自分の中で受け止めて歩んでいけるのだと思います。

伴侶を亡くされた方のお話しをお仏壇の前で聞くとき、なんだかとっても嬉しそうに見えるんですもの。

強い心を持った人がたくさんいるな~という思いです。

なんだか非常に抽象的なお話しになってしまいましたが、これはあくまで光明寺の住職と私、副住職が今までお坊さんとして経験してきたことの、世界観といいますか、仏教観のようなものです。

いろんな意見はあるとは思いますが、少しでもいろんなものを考えられる方の参考になれば幸いです。

一年で一番大きなものが終わりました

皆さんこんにちは、副住職の隆照です。

光明寺では、4月4日に周囲の縁のあるお坊さんをお招きして行う「土砂加持」というお勤めが無事に終了しました。

このお勤めは光明寺で行う行事の中でも動く人の数、期間ともに一番力を入れて行うものです。

写真は光明寺持仏堂の中での土砂加持中の写真です。

今年からお坊さんのメンツがなんと半分若返りました。

若い面々で行う法要はやはりなんといっても声量が違いますので、迫力もひとしおです。

勢いがあるっていいですね、やっていて楽しい。

写真の手前に積み上げられているのは、お寺から参拝せていただいた皆さんへのお接待。

おこわ弁当です。

なんとこの数が全て売り切れました。

本当に人が足を運んでくれるというのはありがたいものです。

光明寺を支えてくださっている役員の皆さん。

皆が集まる時間より早くに来ていただき、会場の準備から整理までいろいろなことをお願いしましたが、全て完璧にこなしてくれました。

本当にいつも行事ができるのは、この人たちのおかげです。

役員さん方は、昼前に来てから準備していただいたので当然お腹が減っては力が出ません。

そこで若奥さんの出番です。

お嫁に来てくれた若奥さんは、皆さんの腹ごしらえ担当となりました。

世話しているのはカレーです。

今年が初めての土砂加持法要でしたが、見事に頑張ってくれていました。

お堂の中には普段と違うものが掛かっています。

これは行状曼荼羅と言いまして、お大師様の行われたことを全て時系列順に描いた掛け軸になっています。

お勤めが終われば布教師さんのお話しをいただきます。

私にとっては、むしろこの時間が今日の一番のメインイベントであったと言っても過言ではないかと。

この日お話しいただいたのは、神戸の三密山 西室院というお寺の住職であります田中宣照(たなか せんしょう)僧正に来ていただきました。

この田中僧正、お寺の新聞でも書いたのですが、光明寺住職が小さなころから知っており、そして私副住職は奈良のお寺にいたときの先輩でもありました。

昔から柔らかい雰囲気をお持ちで、しかし、器用になんでもこなすうえ、周りの雰囲気までも緩めてくれるという、後輩からしたら来てくれると非常に嬉しありがたい先輩の一人でした。

そんな田中僧正が、正式に高野山より皆さんの前でお話しをする「本山布教師」という資格をいただいたのは今年度からでしたのでここ、光明寺が最初のスタートという事になりまして、非常に楽しみにしておりました。

お話しが始まると、直ぐに会場からは笑い声が漏れてきて、場の雰囲気もいい感じです。

残念ながら、私たち寺族は裏方仕事でお話しを通しでお聞きすることは叶わなかったのですが、会場の皆さんは皆長丁場であったのに、飽きることなく真剣なまなざしを向けておいででした。

お話しが終わった後でも、そして次の日にお寺に来られた人も「いいお話しで、身に染みることがたくさんあり、感動までして素晴らしかった」とのお声がたくさんお寺に寄せられまして、正直ここまでの反響は初めてでしたので、さすが先輩!と感じるばかりです。

まだまだ私はあんなに素敵なお話しができないので、精進いたします。

今年も無事に光明寺では4月4日を終えることができました。

これは毎年のことながら、私たち寺族だけではここまで大きな行事はできないので、いつもご尽力いただく皆さん、そして、参列してくださった方々一人一人のお力のおかげです。

本当にありがとうございます。