初大師も無事に

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

本日は年が明けて初めての21日、お大師様の縁日は非常に冷え込みの激しい一日でした

朝方からお堂に入り、外を見ると久しぶりの雪が赤穂でもつもっているではありませんか

3年ぶりぐらいの感じです

世間では非常にコロナの数が増えていて、いろいろな不都合なことも増えていますが、皆さんいかがお過ごしですか?

私は妻がいよいよ臨月を迎えまして、いろいろと初めて経験することに戸惑うばかり

なかなか親になるというのは、どう心準備をしていいものやら悩みます

そんなことはさて置き、光明寺では年間二回、初大師と秋の彼岸の21日に大師講と言いまして、お大師様の縁日に檀家の皆さんで集まって、お昼を食べて談笑した後に一緒にお経を唱えてお勤めを行っております

行うお勤めは難しいことはしておりません

「仏前勤行次第」という青い表紙の経本に書いてある内容を唱えます

普段は仏壇の前で唱える方もいらっしゃるでしょうが、皆で一緒にお唱えするのはまた一つ違った趣があると思います

そしてお勤めを皆で行った後は、私たちお坊さんが少しお話しをさせていただきます

今回は住職が話をして無事に一日が終了という感じでした

今現在もコロナの中、皆さん心配事も尽きないとは思いますが、それでも当日はたくさんのお参りの方に来ていただきまして、迎える側としては非常にありがたいことです

「誰も来ないかもしれない」と思いながら用意していましたが、蓋を開けてみると終わるころには皆さんの笑顔があり、本当に良い年の初めになったなという感じです

冒頭にも書きましたが、来月に産まれて初めて親になるかもしれないと思うと、おろおろしておりますが、お参りに行かせていただく家にお婆さんがいますが、最近足を痛めまして、お医者さんの世話になっております

そして行けば他愛もないお話しをするのですが、ふと「歩くのがこんな大変になるなんて産まれて初めてや」という言葉を言われました

私は子供のころ、大人になれば初めてのこともなく全部上手く物事を進めれるようになる、と思っていましたが、現実に大人になってみると、皆さんもよくご存じのようにそんなことはなく、むしろ一つ一つ初めてのことに焦りながら向かって行く毎日です

他の人はまた違う感じで人生歩んでいるのかな?と考えるこおはありますが、そのお婆さんの言葉を聞いて、やはり皆どんなことに関しても初めてで、右往左往しながら初めてのことに立ち向かっていくしかないのだと痛感させられます

私が普段歩いているお坊さんとしての人生に、今度は父親としての道も追加されて慌ただしくなってしまいますが、これもご縁と思います

光明寺に来てくれた奥さん、私たちのところにきてくれた子供、いろんな縁に恵まれながら右往左往していこうと思います

慌ただしい年になりそうですが、読んでくれている皆さんもどうか体は気を付けて、一年お過ごしください

あけましておめでとうございます

新年が来て、もう七草がゆの頃を過ぎまして、みなさんいかがお過ごしですか?

副住職の隆照です

お寺は非常に慌ただしかった年末年始を無事に終えることができまして、少し気が抜けた空気がただよっております

心配であったコロナも、年の瀬のころには比較的落ち着いていたので、無事に除夜の鐘と初護摩という年またぎの行事を終えることができました

ちょっと私の気が抜けすぎて、なかなかホームページの更新まで元気が出なかったのが、年明けの状態でしたw

お正月の3日までは、知り合いのお寺さんに初もうでのお手伝い(来てくれる人を迎える側です)に行かせてもらったり、光明寺で年始の托鉢周りを行ったりと、なかなか4日を迎えたときには口から魂が抜けていくのが実感できたような忙しさでした

今年は大晦日が寒空の元、ホワイト大晦日になったのもいい思い出

年始の托鉢周りは、光明寺では新年の魔除けの切り絵「宝来」というものを持って、檀家さんを一軒ずつ歩いて回ります

そして届けた後に、今年一年の平穏無事と運気向上を願って戸口でお経を唱えます

何に対してお勤めしてるのですか?と聞かれることがありますが、「全部」というのが正解です

家の仏間にある仏様にも、家の神さまにも、そして住んでいる方々の心に対しても手を合わせています

詳しい説明や難しい理屈も当然あるのですが、それ以上に手を合わされた人の気分が少し晴れやかになってくれる、そうなれば拝んでいる私たちも一番うれしいです

今年は壬の寅年ということで、正月から初もうでに来られる方皆さんに年の話をしています

なぜなら、とっても今年の運気は昇り調子の良い運気です

これは知らねば損というもの

去年までは外に出たくても、大きいことをしたくても運勢的にはダメと言われてしまう、いわば準備の年でした

しかし、今年はその準備したものが芽を出すために大きく成長する年

本当に良い上り調子の年です

もちろん、個人の運勢を見れば細かく色々ありますが、全体の流れはそんな風に良い方向に向かっています

ですので、皆さん是非この流れに乗っていい一年をお過ごしください

という話をあちこちでしております

良い流れの時というのは、お話しをさせていただく方としても、ありのまま、そのままにものをお伝えしたら皆さんが一番喜んでくれるので、とっても気楽であり、話していて楽しいです

今年は私も第一子が誕生予定ですので、良い年になるように頑張っていきます

皆さんもどうか良い一年を

今年最後の21日の護摩が終わって、光明寺は新年へ一直線です

皆さんこんにちは、副住職の隆照です

今年も残りあとわずか、気候も一気に冷え込んできて新年の足音が聞こえる段階になってきましたが、いかがお過ごしでしょうか?

光明寺の21日の護摩は、お陰様で比較的暖かい中でおこなうことができました

護摩のお勤めが終わった後からはホント大変です

一年の大掃除に取り掛かっておりますから、時間がどんどんにげていくよう

住職と一緒にといいますか、途中で休憩を入れたがる年配を、私が追い立てるような形で大掃除が進んでいきます

「いつまでもあると思うな、親と金」が諺ならば、ある時に頼らねばダメですからねw

おかげで今年は、いろんな箇所が駆け足のように終わっていきます

お堂の仏器もしっかり奇麗にします

しかし、何度やっても真鍮の独特な匂いは苦手ですね

天気予報の寒波が来る前に!その思いで駆け足でやってきた大掃除ですが、なんとか身を結び、お寺の玄関も門松の準備ができました

ここまでやれれば一安心です

あとは除夜の鐘を待つだけという感じですかね

今年は仕事も私生活も、去年末の結婚式を機にいろいろ変わった、賑やかな年でした

ここ数年はコロナでいろんなことが見直されているのを見て思います

様々な医学、科学の知見を参考にするのはとっても素敵でいいことだと思いますが、どこの国でも昔からの宗教や、それに基づく文化があります

一見無駄や無意味に見えるそれらの文化が、実は私たち国民の人間性の土台となっていると思います

日本だと「いただきます」や「ご縁」「八百万の神」などの文化でしょうか

あまりにも効率的を追い求めすぎると、逆に非効率になることって皆さん経験されたことはあると思います

大掃除をおこない、正月の準備をして、一年の反省を行い、人も神様も仏様も一緒に新年を迎える

とってもめんどくさくて大変なことですが、とっても大事なことです

いろんなことに気をつけられて、良いけじめ、良い新年の初もうで迎えられてください

今年初の柴燈護摩

皆さんこんにちは、副住職の隆照です。

一気に寒くなってきた冬の中頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

光明寺では、1つの山場が終りました。

というのも、かねてより住職の念願だった柴燈護摩が無事に開催され、多くのひとで賑わってくれたからです。

以前から住職は柴燈護摩を行いたいと言う思いがあったのですが、なかなか状況が整わず決心がつかない中でした。

しかし、そんな中今年の半ばごろに良いご縁があって、住職も重い腰を上げる決心をしたようです。

決行の日取りが決まれば、後は準備が大変です。

何せ、全く整備されてない場所を一から準備するのですから。

周囲の木を切り倒し、足場を整え、作業着姿で何度お寺と奥の院を往復したことでしょう。

住職のぎっくり腰と言う多大な犠牲を伴いつつも、その労力のおかげで何とか舞台が整ってきました。

当日が近くなってくるにつれ、天気予報の心配もしていましたが、前日の天気予報ではなんと最高の天気でした。冬場でしたので風の心配もありましたが、充分結構可能な範囲に収まってくれて、これも弁財天さんのご加護かなと思っております。

柴燈護摩を行う中で、各個人個人に配役が当たりますが、今まで役が当たったことなどなかったので、当日までひたすら練習の日々でした。

柴燈護摩の流れは、まず弓で矢方と鬼門を入ることによって、悪いものを退けて結界を行います。次に斧を持った人間が、山の木を切り倒すと言う作業を擬似的に再現します。そして最後に剣を持った人間が、気で出来た壇に切りかかることによって作法が完了します。

私はこの斧の役をいただきました。

今までまるでやったことがありませんから、住職に細かなやり方を教わり、お寺の中でこそこそと読み上げる分を暗記しました。

当日の不安はただ1つです、暗記した文章が頭の中から飛んでしまわないかが一番心配しましたが、なんとか初回としては及第点の内容だったかと思います。

当日は、皆さんどこから聞かれたのか、本当にたくさんの方々がお参りに来られ、こちらの想定していた人数を大きく上回ってくれました。

中には初めて奥の院にお参りに来られた人、子供時代以来35年ぶりの来院の方、本当に様々な形のお参りを迎えることができて、忙しい中でも本当に嬉しい心持ちです。

柴燈護摩というのは、自然の中で行うのでたくさんの神仏に捧げられて、私たちに多くのご利益をもたらしてくれます。

住職は、毎年無事に過ごせているお寺の生活、檀家の皆様を見守っていただいている神様仏様に対しての感謝のお勤めと言うことで今回の柴燈護摩を開催しました。

仏教の言葉では報恩謝徳といいます。

言葉は難しいですが、「日頃のお礼」と思ってくれば理解しやすいかと思います。

そしてこのお礼は神仏だけでなく、たくさんお参りに来ていただいて、当日を楽しんでいただいた方、皆様に対しても少しはお礼ができたかなと思います。

難しい事は考えず、純粋にこの場所の空気を楽しんで、生活の中にある祈りの場を感じていただきたい、というのが光明寺の本心からの皆様へのお願いです。

 これからも毎年年末の12月には、同じように柴燈護摩を続けていく所存ですので、今回来れなかった方も、今回来れた人も、ご縁がありましたらお参りをお待ちしております。

ぜひ皆様、生活している周囲の環境に日ごろの感謝を伝えて、良い1年を迎えてください。

11月21日 私はいませんでした(´;ω;`)

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

冬の足音がずいぶん近くなってきた関係で、お寺や他の場所の紅葉がずいぶんと奇麗になってきましたね

紅葉狩りいかれていますか?

光明寺もとっても奇麗な紅葉の中で定例の護摩のお勤めを行うことができました

しかし、今回写真は撮れていませんでした

というのも、先月も書いた通り、私は先輩のお寺の住職晋山式という、お寺の住職にとっては一生に一度の式にお手伝いに呼ばれていたために、こん月はお休みです

上の写真は相生高校の生徒たち

実は、高校のパソコン部が活動の一環で有年の紹介ホームページを作ってくれることになり、とっても嬉しいことに自分たちで取材したい場所を相談した結果、ここ光明寺が候補の一つに上がってくれたとのことで、引率の先生と一緒に取材に来てくれました。

・・・嬉しい時代になったなー(´;ω;`)

肝心な時に私がいないんですけどねw

私が、上記の先輩絡みで出払っているときに来てくれたので、住職と女性陣が総出で対応

いろいろ話を聞いて、場所を見て感じ取ってくれていたようなので、どんなホームページができるか楽しみにしています

もうついでなので、私の写真も出しときます

遊んできたのじゃないのです、しっかりと仕事してきた証明ですかねw

https://omairi.club/spots/87395

加西の周編寺というお寺さんです

ホームページは無いので、omairiというサイトのページ載せておきます

この度依頼されたのは、稚児行列というお稚児さんの行進を先導するときに法螺貝を吹くというお役目です

そりゃもう、お話しをただいたときはびっくりしましたよ

私の法螺の腕前は、謙遜でもなんでもなしに音が鳴りませんでしたからね

電話口で思わず「頼む相手間違えていません?」て言ったぐらいですw

それだけ気を遣わずにモノを言える先輩ってことですけどね

ですが間違いでもなんでもないと言われてしまったからには、やるしかないと腹をくくり、この2か月間、朝晩に可能な限り吹いていました

地域の方々には、私の下手な法螺の音に付き合わせてしまい申し訳ないと思いながらも、吹くわ吹くわ

最初は「スコースコー」という抜けた音しか出ませんでしたが、続けているとなんとか必要な音が出てくるように

何事も継続って大事ですね

嫌だ嫌だと、今まで練習から逃げていた法螺でしたが、私でも音がならせるようになるんだ!という驚きと共に、出来るようになってくると楽しい

これだけやれば大丈夫!という思いと、本番で出なかったらどうしようという不安も沢山抱えつつ当日に臨みましたが、最初の一音出てくれたときは本当にホッとしました

この度の21日は、最高の日取りの中、先輩にも良い一日になったことだけでなく、私自身にも非常に良い一日になってくれました

新しいことの挑戦、脇役としての仕事、いろんな思いを抱かせてくれたこの式に、お手伝いとして呼んでいただいたことは本当に感謝しかありません

願わくば、周編寺さんにこれからも本尊様の御加護がありますように

光明寺の紅葉が始まりました

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

最近めっきりと寒くなってきましたが、体の御加減いかがですか?

タイトルにも書きましたが、光明寺ではボチボチと紅葉が進みまして上の写真のとおりです

紅葉は少しづつ色がついて、しかし例年の紅葉ロードまではまだまだ、といった感じ

銀杏にいたっては、今年は少し遅めで、今月末にやっと色が変わるかな?というところです

そんな有年の紅葉情報ですが、とっても奇麗なところもありました

写真は千種川のほとり、奥の院の上り口の場所です

何気なく、作業中に目をやると一面のススキ畑です

兵庫県では砥峰高原がススキの名所ですが、撮影場所を考えると、千種川のほとりでも勝るとも劣らないぐらいに見事なススキ群です

奥の院の作業途中だったので、家内を連れてちょっと散歩した後に・・・( ゚д゚)ハッ!作業に戻らねば!ということで新婚の散歩を満喫させてくれた場所でした

光明寺の奥の院は、来月の外護摩に向けて大忙しで準備中です

まずこの周囲の木を切り倒して、見晴らしを良くし、火事の心配を極力下げるために整理しています

来院される方は、12月を楽しみにしていてください

そんな作業の次の日、本日の第二日曜日に、また無事に奥の院の護摩を行うことができました

今月はとってもたくさんの方がお参りされて、なんと先日初めて光明寺に来てみた、という方も初参加してくれたので、迎える側は嬉しいかぎりです

それにしても、今日は子供がたくさん連れられてきてくれたので、本当に賑やかな雰囲気です

子供がいると、不思議と大人が皆口数増えるんですね

それに恥ずかしがり屋の子供たちも、お寺に来る回数を重ねて慣れてきたころに、大人たちへの対応が柔らかくなってくると、それだけで皆笑顔です

子供の力がすごいのか、私たち大人側がちょろいのか?笑

住職の法話も、子供たちに影響を受けてか戒律と成長の話です

戒律とは、仏教を信仰する人たちに守りなさいよ、と決められたルールのことです

とっても詳しい説明は、いつものようにウィキペディアを見ていただいたら、しっかりと載っています

この決まりとは、破ったら罰則があるわけでも、違法になるわけでもありません

何もないならば守る必要もないのではないか?

本当にそうでしょうか?

戒律を守ることは修行であると言われています

修行とは何のために行うのか?修行を修めたさきはなにがあるのか?

私たち僧侶は、修行の先には自身の成長があると考えています

いろいろな修行を抜けて成長した自分が、いつか困っている誰かの先達になれたらいいな、と考えたりもして過ごしています

そして、修行や戒律というのは私たち僧侶に限ったことではございません

仏教を信じている人、全てに守るべき戒律があって、それを行うことこそが修行です

これは大人だけの話でもありませんし、子供だけもありません

全員が修行して、自分を磨かなければ成長はしないんだということです

先日、住職の後輩の方がh1グランプリという、お坊さんの法話ナンバーワン決定戦に出場されていました

その方の使われた言葉で「玉磨かざれば光なし」という言葉があります

ダイヤモンドでも宝石でも、原石というのは光り輝いてなどはいません

濁った石です

しかし、それをダイヤモンドならば同じ硬度を持つダイヤで磨いて、初めて宝石として光ます

私たち人間も、子供たちが可愛いから、といって真綿で包んで守るような接し方だと、その子が大きくなった時に、光る部分をなくしてしまうと思います

人は、同じ人の中で磨かれて、もっと奇麗に輝くならば、自分以上の固さと輝きを放つ人の中で磨かれることによって、宝石になれるはずです

そのためにも、自分を磨く日々の修行を頑張ってください

私たちが守るべき戒律、その最も代表的な3つをご紹介します

1、 摂律儀(しょうりつぎ)戒   悪いことはしてはいけません

2、 摂善法(しょうぜんぼう)戒   良いことをしましょう

3, 饒益有情(にょうやくうじょう)戒   人の為になることをしましょう

この3つが一番基本的な戒と言われています

簡単ではありますが、なかなか私も反省の毎日です

皆様も、是非守って修行をおこなってください

お寒い中いかがお過ごしですか?

みなさんこんにちわ、副住職の隆照です

題名でも書きましたが、めっきり寒くなってきた中いかがお過ごしでしょうか?

つい一週間ほど前までは、まだまだ夏日という感じで、日中は暑すぎるぐらいでしたのに気が付けば、冬の装いを纏っています

本当に季節が駆け足で過ぎていったという感じです

上の写真はインスタグラムで投稿した朝方の光明寺の風景

寒くなってきた関係で空気が澄んできたからなのか、いつもより朝の時間は冷え込むかわりに、景色がきれいに映えて見えています

山が萌えて見える紅葉の時期までもう少しといったところでしょうか

どうやら、私も初めて聞きましたが最低気温が一桁になった日から、だいたい三週間後が紅葉の見ごろの時期になってくるそう

あくまで予想なので、信用しきると梯子を外される思いをするかもしれませんが、一つの目安としてはいい情報を聞きました

この予想だと、光明寺の紅葉はだいたい11月の第二週ぐらいからでしょうか

去年は紅葉の中、皆様のおかげで素敵な結婚式を行うことができたのも今はいい思い出です

こんな感じです

少し紅葉の見ごろには早かったので、今年はもしかしたらもう少し遅いかも

護摩のお勤めとしては、宣言が抜けて初めてになりますかね

しかし、宣言など関係なく、この時期は農家の方々は収穫期ですので大忙しです

朝から晩まで、お寺から見える田んぼの稲刈りが最盛期を迎えています

そんな関係で、今月のお参りの方々は少々少な目でした

しかし、そんな中でもしっかりとお勤めには励んでいます

来月の護摩は、実は私は少しお仕事の依頼をいただいたので出席できないのですが、そのお仕事はなんと、先輩が住職になられるので、その晋山式のお手伝いです

そんなおめでたい式に呼んでいただけるのは、本当にお坊さん冥利に尽きるといいますか、お坊さんをやっていてよかったと思える瞬間ですね

みなさんも、ご自身のお仕事をされていて、よかったと思える瞬間があると思いますが、私はやはり、いろんな方の人生のお祝い事にかかわれた瞬間というのは、本当に嬉しく思います

お葬式や法事を行って、気持ちがすっきりしましたと言っていただけるのも嬉しいのですが、やはり慶事に関われて皆が笑顔の瞬間に立ち会えることが好きですね

お坊さんという仕事をしていると、いろんな人の人生の瞬間に立ち会うことが多いので、余計にそう思うような気がします

暑い秋の日、私は出張です

皆さんこんにちは

副住職の隆照です

本日はお日柄もよく、天気も最高の晴天に恵まれてお勤めを迎えることができました

皆さん、写真をご覧になってお気づきになられましたか?

この写真、光明寺ではありません。

高野山の金剛三昧院です。

光明寺では普段の護摩のお勤めがおこなわれていましたが、私は、このお寺の毘張尊(びちょうそん)という天狗さんのお祭りに参加してきました。

私も一応写真に写っています・・・わかるかな?

毎年開催されているお祭りですが、コロナの期間は静かにひっそりと、という形でしたが、今年は久しぶりに多くのお参りの方がいらっしゃって、気合の入る形でした。

さて、脱線もほどほどに、光明寺に戻れば、この縁側は以前湿気で腐ってしまっていたものを、住職の日曜大工が新調しました・・・お坊さんなので、平日大工ですね、日曜の方が忙しい。

細部まで見ると、素人仕事というのがわかるのですが、まあ上を歩けるだけなんとか形になっているのではないでしょうか。

住職は、ときどき本職じゃないのか、と思うほど器用なことをしてきます

天気の良い10月は本当に気持ちいいですね。

お寺も、お彼岸が終わって、少しのんびりの10月の様子でした。

久々に皆様の前で話をさせてもらっています。

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

光明寺では、抜けるような青空の元、彼岸のお勤めと護摩のお勤めを無事に同日終えることができました。

当日は気持ちのいい陽気で、抜ける風が心地よく、護摩の火がすぐそばにありながら、ほとんど暑いという思いを持つことはなく良いお勤めができました。

午前中に護摩の勤めが終わりましたら、午後の1時から地区の皆さん揃って一緒にお経を唱えます。

残念ながら、宣言中という事もあり、普段のように皆さん勢ぞろいしてということはできませんでしたが、嬉しいことに家内の後輩の子がちょこっと参加してくれました。

住職も言ってましたが、お子さんお孫さんが来てくれると、お寺側も嬉しいですし、お参りに来られている他の檀家さんも元気をもらっている様子です。

若い力は素晴らしい、、、年寄りみたいなことを言ってますねw

上の写真は私のお話で使った板書です。

コロナの前は高野山でお参りの皆さんにお話させてもらってましたが、それもパッタリと止み、本格的にお話をさせてもらうのは一年半ぶりぐらいでしょうか。

やはり、皆さんの前に立つというのは、よく知った人たちであっても緊張するものですが、話の内容を考える段階から緊張半分、ウキウキ半分といったところでしょうか。

話の大筋を考えながら、やはり私はお話が嫌いではないのだと実感しました。

、、、好き嫌いと上手い下手は関係しないのが辛いところw

今年は中秋の名月が21日でしたので、お堂の縁側にススキと兎を飾ってました

改めて夜、月見をしましたが楽しいものですね

あいにく天候の加減で月が見えたが最初だけでしたので、すぐに終わってしまいましたが、皆んなでわいわいというのは、家族だけでも楽しいものです

まだまだ残暑が厳しいと思いますが、皆さん身体に気をつけてお過ごし下さい

もうすぐお彼岸です

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

今年の夏は暑かったというより、雨との闘いでしたが、そんな夏も暦の上では終わり、朝夕が涼しくなって過ごしやすくなってきました。

清涼な朝夕の空気とは裏腹に、世間では非常事態宣言の延長や、他にもいろいろなニュースが賑わせていますが、季節はそれとは関係なく巡っていきます。

ここ最近の私の知らせといえば、先日お盆が終わった後に、高野山に参ってきました。

というのも、私が学生時代、丁稚としてお世話になっていたお寺の先代奥さんの1周忌があったからです。

去年の今の時期に訃報が飛び込んできたときは、耳を疑いました。

年齢的にも70代後半と、若くはないですが、まだまだこれからも高野山に行けば、出迎えてくれるのだろうと考えていたからです。

少し昔話にはなるのですが、私が高野山に上がったのは、18歳の時です。

当時、高野山大学に進学することになっていたのですが、そこまで真剣に自分の身の振り方や、大学の生活も考えていなかった、一学生でした。

普通ならば、大学生といえば、サークル、飲み会、コンパに好きな研究と、いろいろなことに夢を膨らませると思うのですが、私は違っていました。

何も知らず、父親に連れられて門をくぐったのは、なんと下宿の門ではなく、お寺の門だったのです。

高野山では寺生と言いまして、お寺で生活をさせてもらいながら、高校あるいは大学に行く制度があります。

大学には下宿生もいたのですが、何も知らない私はまんまと父親に騙され、寺生というしんどい道に放り込まれてしました。

大学の授業は普通にいかせてくれるのですが、授業が終わって帰ってきたら、お寺の仕事が待っているという日々です。

朝のお勤めから宿坊という、一般の方が泊まる場所で皆さんのお世話をして終わるという流れです。

働くのが嫌で、なんとか大学の授業や野暮用を作ろうと思っても通用しません。

・・・なんせ、お寺の先輩が皆同じようなことを経験してきていますから、入ったばっかりの子の考えることなどお見通しでした。w

そんな中で、聞かん坊で、良くさぼって、ご飯は人一倍食べる私を見守ってくれたのが、入ったお寺の奥さんでした。

奥さんは非情に珍しいタイプといいますか、女性らしいというより、男前という言葉がしっくりくる性格で、一度怒るとお寺中に響き渡る声で怒鳴られ、小さな体でしたが、大きな体の男性陣がみんな縮み上がっていました。

いろんな人に怒られましたが、お寺の中で一番怒らすと怖かったのは、今も昔も私の中では奥さんです。

しかし、若い子たちを頑張らせるのが上手といいますか、本当にうまく見守っていただいて、お使いからお寺の仕事までいろいろさせられましたが、頑張った時のお目こぼしや、お小遣いをくれるという飴と鞭が、私を始めとした学生陣の男の子には本当によく効いていました。

中でも、食事はとっても気を遣っていただいて、特別な贅沢なんてのはありませんでしたが、若い学生がひもじい思いをしたことは一度もなく、それがいかに面倒で大変なことかは、社会人になって自分の食い扶持を用意しなければいけなくなって初めて思い知りました。

やはり、食べ物を握られている人には昔から頭が上がりません。

間違いなく私の第二の母親と呼べる人でした。

そんな人の法事に行って、少人数ながらも懐かしい人たちと話すと、ポロポロと当時の思い出が蘇ってきます。

法事が終わって帰路に就くときは、なんだか久しぶりに懐かしい気持ちです。

しばらく会ってなかった奥さんに会えたような感じです。

1周忌ですから、帰ってきて肩を叩いてくれたのかもしれません。

亡くなった人に手を合わせるのは、意味のない行為ではなく、故人に再開する行いであり、成仏の為に頑張っている個人に頑張ってくださいのエールと、自分たちはここまで大きくなれました、との報告ができるときです。

普段は、私はこれを皆さんに説明して、実感してもらう側ですが、偶には自分が実感する側に回るのも嬉しいものでした。

願わくば、これを読んでくれる皆さんにも、良い故人との出会いがあれば幸いです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、光明寺奥の院の護摩の報告です。

本日12日に無事護摩のお勤めを行うことができ、しばらく欠席していた若嫁も参加することができました。

久しぶりの受付ですので、気合を入れています。

護摩が終われば、住職の話ですが、今月はお彼岸のお話しです。

彼岸というのは、川の向こう、あの世という意味ですが、春と秋のお彼岸の期間というのは、日本に仏教が伝わってきた時代に聖徳太子が作られたと言われています。

普段の日常では、忙しくてなかなか仏様の教えを実践する時間というのが取れません。ですので、せめてこの期間だけはしっかりと仏教の修行をする期間にしましょうという時期です。

仏教の修行というのは六波羅蜜、布施、精進、忍辱、持戒、禅定、智慧です。

これは詳しく書き出すときりがないので、わかりやすくまとめるとお墓参りしたときに、1掃除をして、2お花を供えて、3お水またはお茶を供え、4蠟燭の光をともし、5お線香を焚いて、6手を合わせてお勤めしてあげる。これに全て入っています。

ややこしいことを考えすぎると頭がこんがらがってしまいますが、まずは簡単にお墓参りをしてあげてください。

光明寺では、お彼岸も変わらず皆様のお参りをお待ちしています