今年初の柴燈護摩

皆さんこんにちは、副住職の隆照です。

一気に寒くなってきた冬の中頃、皆さんいかがお過ごしでしょうか?

光明寺では、1つの山場が終りました。

というのも、かねてより住職の念願だった柴燈護摩が無事に開催され、多くのひとで賑わってくれたからです。

以前から住職は柴燈護摩を行いたいと言う思いがあったのですが、なかなか状況が整わず決心がつかない中でした。

しかし、そんな中今年の半ばごろに良いご縁があって、住職も重い腰を上げる決心をしたようです。

決行の日取りが決まれば、後は準備が大変です。

何せ、全く整備されてない場所を一から準備するのですから。

周囲の木を切り倒し、足場を整え、作業着姿で何度お寺と奥の院を往復したことでしょう。

住職のぎっくり腰と言う多大な犠牲を伴いつつも、その労力のおかげで何とか舞台が整ってきました。

当日が近くなってくるにつれ、天気予報の心配もしていましたが、前日の天気予報ではなんと最高の天気でした。冬場でしたので風の心配もありましたが、充分結構可能な範囲に収まってくれて、これも弁財天さんのご加護かなと思っております。

柴燈護摩を行う中で、各個人個人に配役が当たりますが、今まで役が当たったことなどなかったので、当日までひたすら練習の日々でした。

柴燈護摩の流れは、まず弓で矢方と鬼門を入ることによって、悪いものを退けて結界を行います。次に斧を持った人間が、山の木を切り倒すと言う作業を擬似的に再現します。そして最後に剣を持った人間が、気で出来た壇に切りかかることによって作法が完了します。

私はこの斧の役をいただきました。

今までまるでやったことがありませんから、住職に細かなやり方を教わり、お寺の中でこそこそと読み上げる分を暗記しました。

当日の不安はただ1つです、暗記した文章が頭の中から飛んでしまわないかが一番心配しましたが、なんとか初回としては及第点の内容だったかと思います。

当日は、皆さんどこから聞かれたのか、本当にたくさんの方々がお参りに来られ、こちらの想定していた人数を大きく上回ってくれました。

中には初めて奥の院にお参りに来られた人、子供時代以来35年ぶりの来院の方、本当に様々な形のお参りを迎えることができて、忙しい中でも本当に嬉しい心持ちです。

柴燈護摩というのは、自然の中で行うのでたくさんの神仏に捧げられて、私たちに多くのご利益をもたらしてくれます。

住職は、毎年無事に過ごせているお寺の生活、檀家の皆様を見守っていただいている神様仏様に対しての感謝のお勤めと言うことで今回の柴燈護摩を開催しました。

仏教の言葉では報恩謝徳といいます。

言葉は難しいですが、「日頃のお礼」と思ってくれば理解しやすいかと思います。

そしてこのお礼は神仏だけでなく、たくさんお参りに来ていただいて、当日を楽しんでいただいた方、皆様に対しても少しはお礼ができたかなと思います。

難しい事は考えず、純粋にこの場所の空気を楽しんで、生活の中にある祈りの場を感じていただきたい、というのが光明寺の本心からの皆様へのお願いです。

 これからも毎年年末の12月には、同じように柴燈護摩を続けていく所存ですので、今回来れなかった方も、今回来れた人も、ご縁がありましたらお参りをお待ちしております。

ぜひ皆様、生活している周囲の環境に日ごろの感謝を伝えて、良い1年を迎えてください。

11月21日 私はいませんでした(´;ω;`)

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

冬の足音がずいぶん近くなってきた関係で、お寺や他の場所の紅葉がずいぶんと奇麗になってきましたね

紅葉狩りいかれていますか?

光明寺もとっても奇麗な紅葉の中で定例の護摩のお勤めを行うことができました

しかし、今回写真は撮れていませんでした

というのも、先月も書いた通り、私は先輩のお寺の住職晋山式という、お寺の住職にとっては一生に一度の式にお手伝いに呼ばれていたために、こん月はお休みです

上の写真は相生高校の生徒たち

実は、高校のパソコン部が活動の一環で有年の紹介ホームページを作ってくれることになり、とっても嬉しいことに自分たちで取材したい場所を相談した結果、ここ光明寺が候補の一つに上がってくれたとのことで、引率の先生と一緒に取材に来てくれました。

・・・嬉しい時代になったなー(´;ω;`)

肝心な時に私がいないんですけどねw

私が、上記の先輩絡みで出払っているときに来てくれたので、住職と女性陣が総出で対応

いろいろ話を聞いて、場所を見て感じ取ってくれていたようなので、どんなホームページができるか楽しみにしています

もうついでなので、私の写真も出しときます

遊んできたのじゃないのです、しっかりと仕事してきた証明ですかねw

https://omairi.club/spots/87395

加西の周編寺というお寺さんです

ホームページは無いので、omairiというサイトのページ載せておきます

この度依頼されたのは、稚児行列というお稚児さんの行進を先導するときに法螺貝を吹くというお役目です

そりゃもう、お話しをただいたときはびっくりしましたよ

私の法螺の腕前は、謙遜でもなんでもなしに音が鳴りませんでしたからね

電話口で思わず「頼む相手間違えていません?」て言ったぐらいですw

それだけ気を遣わずにモノを言える先輩ってことですけどね

ですが間違いでもなんでもないと言われてしまったからには、やるしかないと腹をくくり、この2か月間、朝晩に可能な限り吹いていました

地域の方々には、私の下手な法螺の音に付き合わせてしまい申し訳ないと思いながらも、吹くわ吹くわ

最初は「スコースコー」という抜けた音しか出ませんでしたが、続けているとなんとか必要な音が出てくるように

何事も継続って大事ですね

嫌だ嫌だと、今まで練習から逃げていた法螺でしたが、私でも音がならせるようになるんだ!という驚きと共に、出来るようになってくると楽しい

これだけやれば大丈夫!という思いと、本番で出なかったらどうしようという不安も沢山抱えつつ当日に臨みましたが、最初の一音出てくれたときは本当にホッとしました

この度の21日は、最高の日取りの中、先輩にも良い一日になったことだけでなく、私自身にも非常に良い一日になってくれました

新しいことの挑戦、脇役としての仕事、いろんな思いを抱かせてくれたこの式に、お手伝いとして呼んでいただいたことは本当に感謝しかありません

願わくば、周編寺さんにこれからも本尊様の御加護がありますように

光明寺の紅葉が始まりました

みなさんこんにちは、副住職の隆照です

最近めっきりと寒くなってきましたが、体の御加減いかがですか?

タイトルにも書きましたが、光明寺ではボチボチと紅葉が進みまして上の写真のとおりです

紅葉は少しづつ色がついて、しかし例年の紅葉ロードまではまだまだ、といった感じ

銀杏にいたっては、今年は少し遅めで、今月末にやっと色が変わるかな?というところです

そんな有年の紅葉情報ですが、とっても奇麗なところもありました

写真は千種川のほとり、奥の院の上り口の場所です

何気なく、作業中に目をやると一面のススキ畑です

兵庫県では砥峰高原がススキの名所ですが、撮影場所を考えると、千種川のほとりでも勝るとも劣らないぐらいに見事なススキ群です

奥の院の作業途中だったので、家内を連れてちょっと散歩した後に・・・( ゚д゚)ハッ!作業に戻らねば!ということで新婚の散歩を満喫させてくれた場所でした

光明寺の奥の院は、来月の外護摩に向けて大忙しで準備中です

まずこの周囲の木を切り倒して、見晴らしを良くし、火事の心配を極力下げるために整理しています

来院される方は、12月を楽しみにしていてください

そんな作業の次の日、本日の第二日曜日に、また無事に奥の院の護摩を行うことができました

今月はとってもたくさんの方がお参りされて、なんと先日初めて光明寺に来てみた、という方も初参加してくれたので、迎える側は嬉しいかぎりです

それにしても、今日は子供がたくさん連れられてきてくれたので、本当に賑やかな雰囲気です

子供がいると、不思議と大人が皆口数増えるんですね

それに恥ずかしがり屋の子供たちも、お寺に来る回数を重ねて慣れてきたころに、大人たちへの対応が柔らかくなってくると、それだけで皆笑顔です

子供の力がすごいのか、私たち大人側がちょろいのか?笑

住職の法話も、子供たちに影響を受けてか戒律と成長の話です

戒律とは、仏教を信仰する人たちに守りなさいよ、と決められたルールのことです

とっても詳しい説明は、いつものようにウィキペディアを見ていただいたら、しっかりと載っています

この決まりとは、破ったら罰則があるわけでも、違法になるわけでもありません

何もないならば守る必要もないのではないか?

本当にそうでしょうか?

戒律を守ることは修行であると言われています

修行とは何のために行うのか?修行を修めたさきはなにがあるのか?

私たち僧侶は、修行の先には自身の成長があると考えています

いろいろな修行を抜けて成長した自分が、いつか困っている誰かの先達になれたらいいな、と考えたりもして過ごしています

そして、修行や戒律というのは私たち僧侶に限ったことではございません

仏教を信じている人、全てに守るべき戒律があって、それを行うことこそが修行です

これは大人だけの話でもありませんし、子供だけもありません

全員が修行して、自分を磨かなければ成長はしないんだということです

先日、住職の後輩の方がh1グランプリという、お坊さんの法話ナンバーワン決定戦に出場されていました

その方の使われた言葉で「玉磨かざれば光なし」という言葉があります

ダイヤモンドでも宝石でも、原石というのは光り輝いてなどはいません

濁った石です

しかし、それをダイヤモンドならば同じ硬度を持つダイヤで磨いて、初めて宝石として光ます

私たち人間も、子供たちが可愛いから、といって真綿で包んで守るような接し方だと、その子が大きくなった時に、光る部分をなくしてしまうと思います

人は、同じ人の中で磨かれて、もっと奇麗に輝くならば、自分以上の固さと輝きを放つ人の中で磨かれることによって、宝石になれるはずです

そのためにも、自分を磨く日々の修行を頑張ってください

私たちが守るべき戒律、その最も代表的な3つをご紹介します

1、 摂律儀(しょうりつぎ)戒   悪いことはしてはいけません

2、 摂善法(しょうぜんぼう)戒   良いことをしましょう

3, 饒益有情(にょうやくうじょう)戒   人の為になることをしましょう

この3つが一番基本的な戒と言われています

簡単ではありますが、なかなか私も反省の毎日です

皆様も、是非守って修行をおこなってください

お寒い中いかがお過ごしですか?

みなさんこんにちわ、副住職の隆照です

題名でも書きましたが、めっきり寒くなってきた中いかがお過ごしでしょうか?

つい一週間ほど前までは、まだまだ夏日という感じで、日中は暑すぎるぐらいでしたのに気が付けば、冬の装いを纏っています

本当に季節が駆け足で過ぎていったという感じです

上の写真はインスタグラムで投稿した朝方の光明寺の風景

寒くなってきた関係で空気が澄んできたからなのか、いつもより朝の時間は冷え込むかわりに、景色がきれいに映えて見えています

山が萌えて見える紅葉の時期までもう少しといったところでしょうか

どうやら、私も初めて聞きましたが最低気温が一桁になった日から、だいたい三週間後が紅葉の見ごろの時期になってくるそう

あくまで予想なので、信用しきると梯子を外される思いをするかもしれませんが、一つの目安としてはいい情報を聞きました

この予想だと、光明寺の紅葉はだいたい11月の第二週ぐらいからでしょうか

去年は紅葉の中、皆様のおかげで素敵な結婚式を行うことができたのも今はいい思い出です

こんな感じです

少し紅葉の見ごろには早かったので、今年はもしかしたらもう少し遅いかも

護摩のお勤めとしては、宣言が抜けて初めてになりますかね

しかし、宣言など関係なく、この時期は農家の方々は収穫期ですので大忙しです

朝から晩まで、お寺から見える田んぼの稲刈りが最盛期を迎えています

そんな関係で、今月のお参りの方々は少々少な目でした

しかし、そんな中でもしっかりとお勤めには励んでいます

来月の護摩は、実は私は少しお仕事の依頼をいただいたので出席できないのですが、そのお仕事はなんと、先輩が住職になられるので、その晋山式のお手伝いです

そんなおめでたい式に呼んでいただけるのは、本当にお坊さん冥利に尽きるといいますか、お坊さんをやっていてよかったと思える瞬間ですね

みなさんも、ご自身のお仕事をされていて、よかったと思える瞬間があると思いますが、私はやはり、いろんな方の人生のお祝い事にかかわれた瞬間というのは、本当に嬉しく思います

お葬式や法事を行って、気持ちがすっきりしましたと言っていただけるのも嬉しいのですが、やはり慶事に関われて皆が笑顔の瞬間に立ち会えることが好きですね

お坊さんという仕事をしていると、いろんな人の人生の瞬間に立ち会うことが多いので、余計にそう思うような気がします

暑い秋の日、私は出張です

皆さんこんにちは

副住職の隆照です

本日はお日柄もよく、天気も最高の晴天に恵まれてお勤めを迎えることができました

皆さん、写真をご覧になってお気づきになられましたか?

この写真、光明寺ではありません。

高野山の金剛三昧院です。

光明寺では普段の護摩のお勤めがおこなわれていましたが、私は、このお寺の毘張尊(びちょうそん)という天狗さんのお祭りに参加してきました。

私も一応写真に写っています・・・わかるかな?

毎年開催されているお祭りですが、コロナの期間は静かにひっそりと、という形でしたが、今年は久しぶりに多くのお参りの方がいらっしゃって、気合の入る形でした。

さて、脱線もほどほどに、光明寺に戻れば、この縁側は以前湿気で腐ってしまっていたものを、住職の日曜大工が新調しました・・・お坊さんなので、平日大工ですね、日曜の方が忙しい。

細部まで見ると、素人仕事というのがわかるのですが、まあ上を歩けるだけなんとか形になっているのではないでしょうか。

住職は、ときどき本職じゃないのか、と思うほど器用なことをしてきます

天気の良い10月は本当に気持ちいいですね。

お寺も、お彼岸が終わって、少しのんびりの10月の様子でした。

久々に皆様の前で話をさせてもらっています。

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

光明寺では、抜けるような青空の元、彼岸のお勤めと護摩のお勤めを無事に同日終えることができました。

当日は気持ちのいい陽気で、抜ける風が心地よく、護摩の火がすぐそばにありながら、ほとんど暑いという思いを持つことはなく良いお勤めができました。

午前中に護摩の勤めが終わりましたら、午後の1時から地区の皆さん揃って一緒にお経を唱えます。

残念ながら、宣言中という事もあり、普段のように皆さん勢ぞろいしてということはできませんでしたが、嬉しいことに家内の後輩の子がちょこっと参加してくれました。

住職も言ってましたが、お子さんお孫さんが来てくれると、お寺側も嬉しいですし、お参りに来られている他の檀家さんも元気をもらっている様子です。

若い力は素晴らしい、、、年寄りみたいなことを言ってますねw

上の写真は私のお話で使った板書です。

コロナの前は高野山でお参りの皆さんにお話させてもらってましたが、それもパッタリと止み、本格的にお話をさせてもらうのは一年半ぶりぐらいでしょうか。

やはり、皆さんの前に立つというのは、よく知った人たちであっても緊張するものですが、話の内容を考える段階から緊張半分、ウキウキ半分といったところでしょうか。

話の大筋を考えながら、やはり私はお話が嫌いではないのだと実感しました。

、、、好き嫌いと上手い下手は関係しないのが辛いところw

今年は中秋の名月が21日でしたので、お堂の縁側にススキと兎を飾ってました

改めて夜、月見をしましたが楽しいものですね

あいにく天候の加減で月が見えたが最初だけでしたので、すぐに終わってしまいましたが、皆んなでわいわいというのは、家族だけでも楽しいものです

まだまだ残暑が厳しいと思いますが、皆さん身体に気をつけてお過ごし下さい

もうすぐお彼岸です

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

今年の夏は暑かったというより、雨との闘いでしたが、そんな夏も暦の上では終わり、朝夕が涼しくなって過ごしやすくなってきました。

清涼な朝夕の空気とは裏腹に、世間では非常事態宣言の延長や、他にもいろいろなニュースが賑わせていますが、季節はそれとは関係なく巡っていきます。

ここ最近の私の知らせといえば、先日お盆が終わった後に、高野山に参ってきました。

というのも、私が学生時代、丁稚としてお世話になっていたお寺の先代奥さんの1周忌があったからです。

去年の今の時期に訃報が飛び込んできたときは、耳を疑いました。

年齢的にも70代後半と、若くはないですが、まだまだこれからも高野山に行けば、出迎えてくれるのだろうと考えていたからです。

少し昔話にはなるのですが、私が高野山に上がったのは、18歳の時です。

当時、高野山大学に進学することになっていたのですが、そこまで真剣に自分の身の振り方や、大学の生活も考えていなかった、一学生でした。

普通ならば、大学生といえば、サークル、飲み会、コンパに好きな研究と、いろいろなことに夢を膨らませると思うのですが、私は違っていました。

何も知らず、父親に連れられて門をくぐったのは、なんと下宿の門ではなく、お寺の門だったのです。

高野山では寺生と言いまして、お寺で生活をさせてもらいながら、高校あるいは大学に行く制度があります。

大学には下宿生もいたのですが、何も知らない私はまんまと父親に騙され、寺生というしんどい道に放り込まれてしました。

大学の授業は普通にいかせてくれるのですが、授業が終わって帰ってきたら、お寺の仕事が待っているという日々です。

朝のお勤めから宿坊という、一般の方が泊まる場所で皆さんのお世話をして終わるという流れです。

働くのが嫌で、なんとか大学の授業や野暮用を作ろうと思っても通用しません。

・・・なんせ、お寺の先輩が皆同じようなことを経験してきていますから、入ったばっかりの子の考えることなどお見通しでした。w

そんな中で、聞かん坊で、良くさぼって、ご飯は人一倍食べる私を見守ってくれたのが、入ったお寺の奥さんでした。

奥さんは非情に珍しいタイプといいますか、女性らしいというより、男前という言葉がしっくりくる性格で、一度怒るとお寺中に響き渡る声で怒鳴られ、小さな体でしたが、大きな体の男性陣がみんな縮み上がっていました。

いろんな人に怒られましたが、お寺の中で一番怒らすと怖かったのは、今も昔も私の中では奥さんです。

しかし、若い子たちを頑張らせるのが上手といいますか、本当にうまく見守っていただいて、お使いからお寺の仕事までいろいろさせられましたが、頑張った時のお目こぼしや、お小遣いをくれるという飴と鞭が、私を始めとした学生陣の男の子には本当によく効いていました。

中でも、食事はとっても気を遣っていただいて、特別な贅沢なんてのはありませんでしたが、若い学生がひもじい思いをしたことは一度もなく、それがいかに面倒で大変なことかは、社会人になって自分の食い扶持を用意しなければいけなくなって初めて思い知りました。

やはり、食べ物を握られている人には昔から頭が上がりません。

間違いなく私の第二の母親と呼べる人でした。

そんな人の法事に行って、少人数ながらも懐かしい人たちと話すと、ポロポロと当時の思い出が蘇ってきます。

法事が終わって帰路に就くときは、なんだか久しぶりに懐かしい気持ちです。

しばらく会ってなかった奥さんに会えたような感じです。

1周忌ですから、帰ってきて肩を叩いてくれたのかもしれません。

亡くなった人に手を合わせるのは、意味のない行為ではなく、故人に再開する行いであり、成仏の為に頑張っている個人に頑張ってくださいのエールと、自分たちはここまで大きくなれました、との報告ができるときです。

普段は、私はこれを皆さんに説明して、実感してもらう側ですが、偶には自分が実感する側に回るのも嬉しいものでした。

願わくば、これを読んでくれる皆さんにも、良い故人との出会いがあれば幸いです。

さて、前置きが長くなってしまいましたが、光明寺奥の院の護摩の報告です。

本日12日に無事護摩のお勤めを行うことができ、しばらく欠席していた若嫁も参加することができました。

久しぶりの受付ですので、気合を入れています。

護摩が終われば、住職の話ですが、今月はお彼岸のお話しです。

彼岸というのは、川の向こう、あの世という意味ですが、春と秋のお彼岸の期間というのは、日本に仏教が伝わってきた時代に聖徳太子が作られたと言われています。

普段の日常では、忙しくてなかなか仏様の教えを実践する時間というのが取れません。ですので、せめてこの期間だけはしっかりと仏教の修行をする期間にしましょうという時期です。

仏教の修行というのは六波羅蜜、布施、精進、忍辱、持戒、禅定、智慧です。

これは詳しく書き出すときりがないので、わかりやすくまとめるとお墓参りしたときに、1掃除をして、2お花を供えて、3お水またはお茶を供え、4蠟燭の光をともし、5お線香を焚いて、6手を合わせてお勤めしてあげる。これに全て入っています。

ややこしいことを考えすぎると頭がこんがらがってしまいますが、まずは簡単にお墓参りをしてあげてください。

光明寺では、お彼岸も変わらず皆様のお参りをお待ちしています

無事に光明寺の夏が終わりました

みなさんこんにちは、副住職の隆照です。

お盆から降り続いていた未曾有の大雨も、ようやっと収まってくれました。

ここ光明寺では24日の地蔵盆、並びに施餓鬼のお勤めをもちまして無事に、夏の行事が終わりました。

私自身はと言いますと、25日に知り合いのお寺の施餓鬼のお勤めが終わりまして、光明寺から遅れること1日、なんとか夏の終わりを実感しております。

毎年のこととはいえ、8月の最後の方になってくると、疲れはしていますが、それ以上に里帰りしてくれた方たちが、お盆からお寺に訪ねて来てくれたり、いろんなお寺のお手伝いを頼まれ、バタバタと動いているうちに、高いテンションが続きお祭りのような気分で過ごしているせいか、時間があっという間に過ぎています。

コロナで通例通りとはいかないものの、お寺界隈もなんとか頭を働かせて、動いている中でのお手伝いが出来て嬉しく思っています。

さて、光明寺ですが、21日に護摩のお勤め、そして24日に施餓鬼のお勤めと二つの行事をこなしました。

写真は左がいつもの本堂、右が施餓鬼を行った持仏堂です

護摩に関してはいつもの通りですが、いつもと違うのは、参られた方は境内にお盆の間はお祭りしている各家のお塔婆にお水をかけてもらっていました。

いつもお願いしています、ご自身の先祖さんだけでなく、他の家の先祖さんにも手を合わせてあげてくださいね、ということをしていただいています。

光明寺では、お施餓鬼のお勤めで、去年のお盆から今年までに亡くなった方の位牌を一緒にお祀りして皆さんと供養します。

亡くなってお葬式をして、はい終わりというわけでなく、少なくとも仏教においては、そこから新たな道を歩んでゆく旅路の始まりですから、生きている私たちが可能な限り応援してあげたいですしね。

写真では撮れませんでしたが、ここからさらにたくさんのお供え物が置かれます。

それをご先祖様、そして餓鬼、さらには魑魅魍魎に食べてもらって終了です。

お盆の仏壇にいろんなものをお供えするのは、ご先祖様に食べてもらったあとに、誰も手を合わせてくれない霊たちにも食べてもらって、満足して成仏してもらうのが目的ですので、食べきれないぐらいの量をお供えします。

そして、お勤めが終わった後は、もう毎年恒例になってきましたね。

吉田僧正のお話し。

改めてですがこの方、落語家で、お坊さんです。

桂一門の落語家さんで、今は私たちのような若手のお坊さんの話し方のスキル向上の為に、指導してくれる立場でもあります。

去年は桃太郎のお話しでしたが、寿限無(じゅげむ)の落語が出てきました。

さすが、というべきでしょうか。

会場は話が始まると、大きく盛り上がり、マスクをしながらも笑い声がたくさん。

皆さんいつの間にか引き込まれ、目が笑いながらも真剣に。

今年初めて施餓鬼のお勤めに会う嫁も、裏方仕事がありましたが、なんとか終わらせて途中から聞き入ると大笑い。

そして、話は締めに向っていくのですが、全ては原因があるから結果がある、というお釈迦様の「因果応報」の結論になっていったそうな。

・・・断定できないのは、私が残念ながら途中までしか聞くことができなかったからです。

ええ、裏方仕事という原因が発生してしまったので(笑

ですが、話を聞いた皆さんは非常に満足そうにしていらしたので、会場を設営した側としても満足です。

そして24日が終われば、お盆の間境内に祀られた塔婆も片づけられます。

お性根抜き(魂を抜く)のお勤めをした後に、寺でお焚き上げをして灰になって帰られました。

いかがでしたでしょうか?

ここまでが光明寺の夏としての出来事でした。

まだまだ暑い時期ではありますが、皆さんの無事とご先祖様の冥福を光明寺より祈っております。

もうすぐお盆です

皆さんこんにちは副住職の隆照です

連日のとんでもない暑さの中、いかがお過ごしでしょうか?

私は着物を着るたびに、滴り落ちる自分の汗との闘いな気がして毎日過ごしています。

7月の末ごろから、お寺はどこもお盆の前準備に終われ出すのですが、光明寺も例に漏れず、いろんな人の助けを借りながらお盆に向けて走っています。

写真は七月末に皆さんの力を借りて行った境内の石仏群の一大草刈です

毎年行なっていることとはいえ、数は力!ということを思い知らされます。

ほんとうに、ここは私と住職だけで綺麗にしようと思うと三日ぐらいかかるのですが、皆さん揃ってくれれば1時間半ほどで綺麗に。

ありがとうございます。

これはお山の弁天様なのですが、ちょっと訳あって綺麗に整えている最中です。

というのも先日、面白い方とのご縁をいただき、いろいろアドバイスや相談を受けてもらったのですが、ここの弁天様周辺の場所がとっても気に入ってくれたようで、素敵な場所だ!パワースポットだ!とベタ褒めをいただきました。

それならば!ということで、以前からもう少し綺麗な場所にしたいな、と住職共々思っていたこともあり、重い腰を上げてみようか!ということになりました。

これからどのように変わっていくのか?お寺側としても楽しみであります。

脱線はさておき、この日の護摩はなんと新顔の人たちが参加です

しかも小学生と高校生を連れて来てくれました。

いつも言っていますが、若い子たちが増えると上の方もみんな元気をもらっているようで、活発な様子

護摩の燃え上がる炎を見て、あの子たちはいったいどんなことを感じとってくれたのでしょうか。

今日の住職の話は、定番といえば毎年恒例

お盆の供養と、六道輪廻の話です。

六道と言いますのは、私たち人間のいる世界を「人間道」又は「人道」と言ったりしますが、それを含めて「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人間道」「天道」の世界があり、生きている時の行い「業」によって上の世界に上がっていったり、下の世界に落ちてしまったりします。

良い行いをすれば「善業」が溜まり、悪いことをすれば「悪業」が溜まるというわけですね。

また類は友を呼ぶ、ということがあるように良い行いは、それ自体が良い原因となって、更に良いことを呼び込みます。

これがお釈迦様が説かれた、全てに原因があって結果がついてくる「因果応報」です。

「善因善業」このブログを読まれたことをキッカケに、少し生活で意識してみたら面白い事が起こるかもしれません。

そして、お盆とはご先祖様が帰ってくると同時に、もう一つ大事なのが精霊供養とされています。

文字に出すと、すごく難しそうなのですが、内容は簡単。

他所の霊にも手を合わせてあげましょう、ということです。

木蓮尊者というお坊さんが昔はいたのですが、お母さんが訳あって地獄に落ちてしまいました。

そこで木蓮さんは、お母さんを助けたかったのですが、上手くいかず、お釈迦様に相談したところ、「地獄に落ちた人を助けるのは、個人を助けようとしても無理ですから、堕ちた人たち皆が助かるよう祈りなさい」と言われ、たくさんの人の力を借りて祈ったところ、お母さんも救われたというお話があります。

詳しく知りたい方は、「木蓮尊者、エピソード」とでも調べてくだされば、すぐに出てくるはずです。

その木蓮さん以来、私たちは自分のご先祖様に手を合わせるのと同時に、他の救われない霊たちも救ってくださいと願いを込めて、祈っています。

皆さんも、お盆のお墓参りの時は、自分の先祖だけでなく、他の霊たちに思いを馳せて、手を合わせてあげてくだい。

猛暑、酷暑、晴天の中、光明寺本堂より

皆さんこんにちは

梅雨が明けて、とんでもなく暑い中いかがお過ごしでしょうか?

光明寺では、今月も変わらず21日に無事護摩のお勤めを行うことができました。

ちなみに、最近お寺の玄関横に朱印所の看板を新設しました。

これまでなかなか朱印を求めて来られる方が多いにも関わらず、場所が分かりにくかったために迷わせてしまっていたので、これで解決できるといいですね。

看板の前に蓮の花を置いているのですが、良い感じに咲いてくれて非常に奇麗です。

涼しげがあるかと言われると、残念ながら焼け石に水の感じがあります

みなさんコロナのワクチンはいかがでしょうか?

昨今いろんなニュースや情報が飛び交う中、しかし接種した人は着実に増えてきているようで、ここ田舎の赤穂でも年配の方は大分進んだ様子。

そして、きっかけがあれば人間、行動も変わるものです。

これまでは、コロナの恐怖から来院を控えていた方が、良い天気だからと久々の護摩のお勤めに参加していただけたのは、私たちにとっても嬉しい知らせでした。

嬉しい知らせといえば、先日檀家さんの息子さんが就職が決まったと報告に来てくれまして、副住職は残念ながらタイミングが悪く、会うことができなかったので、おめでとうと直接伝えそびれたのが残念です。

料理人として就職できたそうなのですが、私は個人的に料理を作る人というのは、すごいお仕事だと思っています。

だって、私たちが生きている限りは、どんな偉い人も、どんな極悪人も「食べる」ということ無には生きていけませんし、美味しい食事というのは、落ち込んだ時、悲しい時、辛い時、どんな時も私たちを救ってくれる要素だと思います。

私も、修行時代に辛いことがあった時や、腹ペコの時に食べさせてくれた料理人の人には、やっぱり感謝の気持ちが未だに湧いてきますし、頭もあがりません。

疲れたときに食べる濃い目の味付けの料理なんか、ご飯がどれだけ進んだことか。

もし、この先人間が進化しすぎて「食べる」ということが必要なくなれば、料理人は廃業に追い込まれるかもしれませんが、そうならない限りは、どんな人にも必要な偉大なお仕事であり続けると思いますので、是非とも頑張っていってほしい限りです。

まだまだこれから夏本番です。

お寺はお盆参りも控えている中、暑さで倒れないようにしなければ

皆さんも、どうか夏バテ、熱中症に気をつけて、美味しいものを食べてお過ごしくださいませ